続き→ トップへ 短編目次

■忙中閑有り・上

※R18

ふとヒヤリとするものを感じ、ユリウスは目を開ける。
左手には修理のすんだ時計、右手にはドライバー。
窓の外は穏やかな晴天だ。
どうやら机に伏して眠っていたらしい。
眠気の取れない手で次の時計を取ろうと机を探るが、空をつかむ。
どうやら今ある時計は全て修理が完了したらしい。
解放感に大きくのびをすると――遠くで銃声が聞こえた。
窓を見やると市街地に爆煙が見える。中規模程度の抗争か。
しばらくしたら、また壊れた時計が集まるだろう。
つまり今は忙中の閑。嵐の前のひとときの休憩時間ということだ。
ユリウスは背中が痛くて、椅子から立ち上がり、ふらついて後ろに倒れそうに――

「おっと」
背中から、しっかりと支えられる。
気配が全く無かった。
ふりむいてにらみつけると、友人兼部下が笑っている。

ユリウスは気まずくて腕を振り払う。
「会いたかったぜ」
しかし忌々しい騎士は、笑ってユリウスは抱き寄せ、顔を寄せてくる。
抵抗する。顔をそむける、腕を突っ張る、身をよじる。
しかし全て無視される。顔を抑えられ、唇が重なった。
だが窓の外からは抗争の音。時折悲鳴も聞こえ、気がそれる。
――全く忌々しい。こんなときくらい……
すると、思っていることが伝わったように、耳元で、
「俺の時計の音だけ聞いてろよ」
「どうして、そう恥ずかしいことが言えるんだ……」
と言いながらユリウスは少しかがんで彼の胸に耳をあて、目を閉じる。
騎士の腕が頭を包み、銃声は遠ざかっていく。
コートの温もりと肌から伝わる熱、規則正しく刻まれる時計の音。
――ああ、静かだな……。
そうしたら全力の馬鹿力で抱きしめられ、ユリウスの穏やかな気分は途絶えた。

大量の壊れた時計が舞い込む前にと、ユリウスは部屋を片付ける。
騎士も片づけを手伝いながら、ユリウスにうるさく話しかけてくる。
ここに来るまでどんなに苦労したか、寝顔を前にどんなに耐えたか、
可愛かった、会いたかった、大好きだぜ……。
ユリウスはため息をついて騎士の頭をはたくと、珈琲を淹れることにする。

……湯量と豆の量が多すぎて二杯分出来てしまった。
仕方ないから目も見ず騎士に渡すと、騎士は嬉しそうに受け取る。
「ああ?苦い?入れてもらって文句を言うな。
お前にはもう入れてやらない……ああ、砂糖はそこにあるぞ」

騎士はなおもうるさい。腹が減っただの、外に食べに行こうだの、まとわりつく。
ユリウスは、私の朝食が先に決まっているだろう、とぼやきながら食糧庫を開ける。
買い置きのパンが、最後の一つだけ残っている。
「硬くて不味そうだから、お前にやる。
半分こしようだと?気色悪い!そんな半端な量が食えるか。お前が食え!」

ユリウスは空腹だった。これからしばらく仕事に忙殺されるから体力的に不安ではあるが、
まさか万年迷子の部下に買い出しをさせるわけに行かない。
まあ珈琲があれば大丈夫だろう。
うるさい部下は仕事の用件が終わっても帰らない。
なおもまとわりつき、あれこれ話しかけてくる。
ユリウスは無視して修理の準備を始める。
突然、腹が鳴る。
騎士は目を輝かせ、外に食べに行こうと誘う。
「抗争があるのに塔の外に出るなど冗談ではない。
俺が守る?お前などに守ってほしくない。誰が行くか!」
ひたすら拒んでいると、あきらめたのか、ブツブツ言いながら窓辺で本を読み出す。
……数ページで投げ出した。今度、騎士用に幼児絵本でも買うべきか。
その後、引き出しから保存用の軽食が見つかり、食糧問題は一応の解決を見た。

また暇になったのか、騎士はユリウスの机のそばに来て、さかんに話しかける。
ユリウスは怒鳴る。
「好きだの大好きだの好きだの大好きだの、気色悪い!うるさい!」
しかし怒るほど調子に乗ってちょっかいをかけてくる。
ユリウスは作戦を変えた。
騎士の頭をなでることにした。
「え?何だよ、ユリウスーやめろよー」
と笑う。だがそれきり面白いくらいにピタリと黙った。
なおもなでていると目を閉じる。さらになでていると、そのまま舟を漕ぎ出した。
ユリウスは完全に寝入ったのを確認すると騎士を抱きかかえる。かなり重い。
起こさないように優しくそっと運び……ドアの外に捨てた。

ゴミはすぐさまドアを開けて戻ってきた。
ぎゃーぎゃーうるさいから、そこらへんにあった紙を丸めて投げる。
騎士は見事に反応してキャッチする。ユリウスは、
「何してるんだ、ほら、さっさと投げ返せ」
目を丸くした騎士が放って返してきたので、もう一度投げてやる。
嫌がらせでかなり違う方向に投げたのに、見事にキャッチする。こちらに放ってくる。
面白くて別の方向に投げるが、これも驚異的な反射神経で捕らえる。
遊んでいるのか遊ばれているのか分からない無言の遊戯で一時間帯ほど経った。
外はまだ昼が続いている。
室内は静まり返っているが、外の銃声は終わらない。

まだ時計は来ない。だがあと数時間帯以内には第一便が来るだろう。
ユリウスは準備の終わった作業机をさらに準備しなおす。
「おい、その椅子は私の椅子だ、勝手に座るな。
座り心地を確認している?馬鹿なことを言っていないで、とにかく――」
ユリウスが不機嫌になり騎士の座っている椅子に近づくと……そのまま腕を引っ張られ、
抱き寄せられた。騎士の膝の上に横すわりする恥ずかしい体勢になり、顔を赤くして
慌てて降りようとするが、騎士にがっしりと抱きしめられ、動けない。
「おい、私は仕事前でそういう気分では……」
「でも、これだけ銃声が聞こえてたら時計の持ち逃げも出そうだろ?
だから俺、しばらく戻れそうにないし、たまには城にも顔出さないといけないし。
……しばらくユリウスと会えないからさ」
「いや、そのそんな『引き離される恋人同士』的な悲壮な顔をされても……。
お前が道案内をつければ、会えない期間は十分の一に短縮出来るんだが」
「ええ、迷うのが楽しいんだろ?旅こそ人生!な?」
「カケラも同意しかねる」
きらめく笑顔に無表情で応じたが、鮮やかに無視され、唇を塞がれた。

1/2

続き→

トップへ 短編目次

- ナノ -