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■小さい時計屋・上

※R18
※ショタ注意


手が、滑った。
ユリウスの手からこぼれた小さな歯車は、あっと言う間に机の下に転がって姿を消す。
「やれやれ……」
ユリウスはため息をつき、立ち上がった。

時計屋である彼は常のごとく時計修理をしていた。
仕事がたまっていたわけでもないが、気がつくと飲まず食わずで働きづめだった。
時々肩をほぐすため伸びをして、やっと外の時間帯が変わっていることに気がつく。
外がどう変わろうと時計塔は変わらない。
そこは常に時計の音が響き、作業室には機械油と鉄の匂いが漂っていた。
ユリウスは床にかがみ、机の下に手をのばす。
だが机と床の間の隙間が思いのほか狭く、手が入らない。
しかしその歯車は修理に必要不可欠な部品だ。
「…………」

それから×時間帯が経過した。が、歯車はまだ取れない。
物差しで取ろうとさらに奥へ押し込んでしまったり、何とか腕を突っ込もうとして
危うく抜けなくなりそうになったりと一通りの失敗を経て、ユリウスはため息をつく。

「仕方ない、小さくなるか」

変化は瞬時に行われた。
長身の時計屋は姿を消し、一瞬の後には時間を戻し、帽子屋の双子よりさらに小さく
なったユリウスがいた。そして彼は机の下の歯車を軽々と――
「手が、とどかない……」

……結局、一時間帯ほど奮戦して、ユリウスはようやく歯車の救出に成功した。

そしてユリウスは時計修理を再開するため、椅子によじのぼる。
……座高が低く工具まで手が届かなかった。
仕方なく、椅子の上に立ち上がって工具に何とか手をのばし、修理を再開する。
やはり小さくなると、いつもと感触が違うし、工具も若干重く感じる。
そこでふと我に返った。

――何でいつまでも子供の姿でいるんだ、私は。

ユリウスは時間を進め、元の姿に戻ろうとした。が、
――……?
戻れない。
いくら、時間を進めようと試みても、自分の体には何の変化も無かった。
――前にもこれと同じことがあったな。
不眠不休が続いていたため、疲労が蓄積したのだろう。
外なら窮地だが、今回は安全な時計塔だから、特に心配はない。
そう思うと、わざわざ食料庫まで行って栄養補給をするのも面倒に思われた。
少し休めば戻れるだろうとユリウスは動く努力を放棄するにした。
ユリウスはちょこんと背もたれに寄りかかり、目を閉じた。

…………

「ん……?」
薄目を開けると違和感があった。椅子がやけに硬く感じられるし、何か暖かいものに
包まれている気がする。身じろぎすると、さらに強く包まれる。
ユリウスは怪訝に思って顔を上げた。
「ああ、起きたか」
「…………トカゲ?」
クローバーの塔のグレイ=リングマークがいた。
どうやらユリウスの代わりに椅子に座り、小さくなったユリウスを膝に乗せ、
抱きしめているらしい。ユリウスは呆れて、
「何をやっているんだ、トカゲ」
「いや、ココアを差し入れに来たら小さくなったお前がいたから、つい……」
つい、でぬいぐるみ扱いしたらしい。
グレイは歩く謹厳実直のような男だが、実は無類の可愛い物好きだと聞いたことが
ある。元が無愛想な時計屋だろうと、関係ないようだ。
――しかし気味が悪いな。
グレイは頬を染め、潤んだ目(!)でユリウスを見つめている。
「小さい時計屋……可愛い……癒やされる」
顔がすっかり、にやけている。
ユリウスを強く抱きしめ、頬ずりし、ひたすら髪を体を撫でまわす。
敵からも味方からも恐れられる夢魔の補佐官の姿はどこにも無い。
だが、少なくとも身の危険はなさそうだ。
――まあ、満足したらさっさと帰るだろう。
暖かい腕に包まれ、ユリウスはうとうとしてくる。
だが、ふとグレイの呟きが耳に入り、眠気が覚めた。
「時計屋だが子供、子供だが時計屋……」
「おい、どうした?」

何気ない言葉だが、その響きに、何か嫌な予感が胸をかすめた。

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