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■時計屋の揺らぎと玉座の王

※主人公の時計屋≠ハート&ダイヤの時計屋
※ダイヤ&ミラーのネタバレ注意

※R18


 とある国にたたずむ時計塔。
 その塔のたった一つの作業場で、ユリウスは黙々と時計を修理していた。
 ドライバーを回し、ネジをしめ、点検を行い、また次の時計を修理する。
 終わりのない作業をいつまでも続ける。

 そのことにユリウスはそのことに満足していた。
 少なくとも何の不満も持たなかった。
 誰とも関係を持たない。
 処刑人とも、形だけのつきあいしか無い。
 役割を逸脱するような連中を、彼は心底から軽蔑していた。
 そして、どれだけ作業をしていただろう。

 どこか遠くで、小瓶が割れる音がした気がする。

 そのとき、ユリウスは自分が『揺らいだ』気がした。

「ん……」
「おい」
 どこからか声がする。
「おい、起きろよ!!」
「……む……」
 ユリウスは薄目を開けた。だがまだ眠気が強く、すぐ目を閉じてしまう。
 ヒュッと風を切るような音がし、真横で甲高い音がした。
「っ!!」
 目を開けた。自分が牢にもたれるように座っていたと気づいた。
 甲高い音は、鞭が鉄格子を叩いた音だったのだ。
「こんなところで寝てんじゃねえよ!!」
 目の前に誰かが立っている。
 今しがた鞭をふるった、不機嫌そうな隻眼の男。
 監獄の所長。それも口の悪い方だ。
「ジョーカー?」
 その顔を見た。

 瞬間に揺らぐ。さざ波が立つように。
 小さく胸の時計が時を刻む。
 その音が、やけに強く響いた気がした。

 頭痛をこらえつつ起き上がり、ユリウスは相手を睨みつけた。
「何の用だ、ジョーカー」
「はあ!? てめえが勝手に監獄に来て、寝こけてたんだろう?」
 右目が嫌そうにこちらを見る。
 言われてユリウスは自分の姿を確認した。
 今の自分は役人服でも何でもなく、いつもの時計屋装束だ。
 これといって用事があった覚えもない。
 なのに今の今まで、牢にもたれかかって眠っていた。
 仕事中に過労で飛んだのか。しかしなぜ。
「何で私はここにいるんだ。仕事があるというのに」
「知るか! てめえがいると、牢にカビが生えるんだよ、辛気くせぇ。
 とっとと帰れっ!!」
 監獄の所長が、鞭をもう一度格子に叩きつける。
 高い音が、静かな監獄に響き渡った。
「この空間にカビなど生えるか。馬鹿馬鹿しい」
「知ってるに決まってるだろ!! 例えだよ。例え!」
「よくそんな難しい語法を知っているな。見直した」
「うるっせえ!!」
 褒めたつもりだったのに、隻眼の男はなぜか怒る。
 自分とこの男は、どうもウマが合わない。
 ――しかし……。
 ユリウスは顔を上げ、じっとジョーカーを見た。
「……ンだよ。殺されてえのか? てめえ!」
「いや。仕事を邪魔して悪かった」
 どうでもいい。時計の修理だけをしていたい。
 こんな粗暴で教養のない男など、どうでもいい。
「帰れ帰れ!」
 そしてユリウスは、無色の現実に帰還した。

 …………
 
 ユリウスは時計を修理する。
 時計塔には、珍しく来客があった。
「最近、何か変化はあったか?」
「珍しいな。ユリウスから聞いてくるなんて」
 窓辺に座るローブの男は、そう言って笑った。

「あったぜ。余所者が来たんだ。それが何と!
『ユリウスと』! イイ仲になったんだってさ」
 そして返事を待つように言葉を切る。
 きっと奴は、その余所者について詳しく知っている。
 ユリウスがそれについて聞くのを待っているのだろう。

「その時計屋は無能だな。
 外部からの侵入を許した挙げ句に、よりにもよってその侵入者と」
 同じ自分とは思えない。ありえない失態だ。
「へえ〜、ユリウスはあっちのユリウスがうらやましくないんだ?」
 意外そうに言う処刑人。
 仮面をつけているせいか、彼の表情はユリウスには読めなかった。
「何がうらやましいんだ。面倒なだけだろう。ルールにも抵触しかねん」
「ははは。ユリウスは本当にユリウスだよな」
 仮面の男は笑う。安心したように。
 ユリウスは時計を修理する。それだけが望みだった。
 そのはずだ。

 …………

 ユリウスは夢を見た。夢だと分かる夢だ。
 風景だけで、会話も何も聞こえない。
 時計塔の中なのに、なぜか窓の外は深緑だった。
 やわらかな木もれ日がさし、風がカーテンを揺らす。
 自分は饒舌(じょうぜつ)に、何かしゃべりながら珈琲を淹れていた。
 そんな自分に微笑み答える、隻眼の――。

「――っ!!」
 ガバッと飛び起きて、誰かにぶつかりそうになった。
「うわ! 危ねえ!!」
 監獄の所長が慌てて飛び退くのが見えた。
「てめえ、いきなり何の真似だ!!」
「え? あ……」
 怒鳴られ、ユリウスはやっと目が覚める。
 夢だったのか。胸にかすかな痛みが走った。
 どうやら、また牢にもたれて眠っていたようだった。
 ジョーカーは少しかがんでいたため、飛び起きたユリウスに激突しそうになったようだ。
「時計屋。まあた監獄でおねんねか? 
 そんなにここが好きなら、中に入れてやってもいいぜ? ああ?」
 侮蔑をたっぷりと言葉にこめ、こちらを見下ろすジョーカー。
 ――だが、今の夢は……。
 少しずつ羞恥が染みこむのを、必死で押さえる。

 何であんな夢を。
 恐らく、処刑人が妙な話を持ち込んだからだだろう、とユリウスは考える。
 役同士は、会うことがなくとも互いにつながっている。
 自分はその時計屋の、揺らぎの影響を受けたのだと。
 そうか。『揺らぎ』だ。
 別の時計屋の変化が自分に伝わり、わずかながら影響を与えたのだ。

 ……それでも、あの夢はありえない。気色悪い。
「帰る」
 気まずく詫びると、帰還しようとした。
 だがその前に、ユリウスはジョーカーを見た。

 なぜか、振り返らずにはいられなかった。

「ンだよ。俺の顔に何かついてるのか?」
 見つめすぎたのか、ジョーカーが顔をしかめる。
「いや、何でも無い。悪かった」
 それだけ呟き、彼に背を向け、歩き出す。
 ジョーカーの視線が、背中にそそがれているのを感じながら。

 …………
 
 このうんざりした視線も何十度目だろう。
「また、おまえか? 何で騎士でもねえのに、迷い込むんだよ。
 それも『あいつ』じゃなく、俺がいるときに!」
 嫌そうな顔をする。

 あれからジョーカーと何度も何度も会う。

「だから説明しただろう。別の私の影響だと。
 遠くの『私』の起こした変化が、こちらの私に影響を与えているんだ」
 そうとしか考えられない。
「私はあの後、たまたまおまえと会った。
 そのとき何かしら条件付けが行われたんだろう。
 だから何度も来てしまう……のかもしれない」
 歯切れ悪く、そのうちにおさまるからと説明したが、
「気味悪ぃ。背筋が寒くなる」
 心底からだろう嫌そうな顔に、己の時計が軋む音がする。
 古いし、ガタが来ているのかもしれない。
「私もだ。帰る」
「ああ、帰れ帰れ! 二度と来るな!!」
 野良猫を追い払われるように、追い払われた。
 当たり前だ。
 
 …………

 窓の外は夕暮れだ。どこかで銃声が鳴っている。
 だがユリウスの耳には届かない。
 
『迷惑だ。気味悪ぃ。背筋が寒くなる』

 言葉が何度も何度も反芻(はんすう)される。
 奴のお決まりの罵詈雑言だ。
 この程度のことは数え切れないほど言われた。もっとひどいことだって。
 だが不思議と、何度も思い返されるのはなぜだろう。
 そしてユリウスはハッとした。手が止まっている自分に気づく。
 自分は時計修理だけが役目なのに。
 首を振り、立ち上がる。
 珈琲を淹れながら、夕暮れを見ていると、銃声が聞こえた。
 時計塔の近くだ。
 最近、持ち込まれる時計がまた増えた。
 このあたりも、治安が悪くなってきたのかもしれない。
 
 ユリウスは珈琲を飲み終わると、作業台に向かう。
 もう二度と、用もないのに監獄に迷い込まない。

 …………

 ユリウスは監獄にいる。今回は仕事の用事だった。
 自分を抑えて抑えて、やっと会うことが出来た。
 ジョーカーは腕組みして監獄にもたれている。
「何見てんだよ。ああ?」
「いや……」
見つめすぎていたかと、ユリウスは己を叱咤する。
「時計屋?」
「!!」
 間近に顔があり、時計が止まるかと思った。
 動揺で、持っていた書類をバサッと取り落とす。
 すると一瞬だけ目を丸くしたジョーカーは、
「ははは! みっともねえな!」
 次の瞬間に爆笑した。
「う、うるさい!」
 顔が紅潮する。
「何だよ。おまえらしくねえなあ」
 奴は、なぜか機嫌が良いようだった。
 慌てて書類を拾い集めるユリウスを見下ろし、せせら笑う。そして、
「何で、おまえ『だけ』会うたびに、俺をガン見してくるかねえ」
 ズキリと時計が痛み、軋み出す。
 その隻眼の所長は鞭を構え、うろたえるユリウスを見てニヤニヤと笑っている。
「じ、じゃあな」
 ユリウスはただ顔を赤くし、帰るべく身を翻した。
「おい時計屋!」
 呼ばれ、慌てて振り返る。
「……あ、いや」
 なぜか所長が口ごもっていた。
「何だ?」
「いや何でもねえよ」
 さっきまでの態度が嘘のように、気まずそうに目をそらされる。
「よ、用があるなら言え」
「何でもねえって言ってるんだろ!!」
 逆ギレされ、怒鳴られた。
「何なんだ、いったい」
 理不尽な怒りを覚え、ユリウスは今度こそ立ち去ろうとした。
「おまえがそれを言うのかよ……」
 吐き捨てるような声が聞こえた。

 …………

 会えない。会わない。
 代わりに何度も、何度も夢を見る。
 森の中を(夢の中でさえ)人目を気にしつつ歩く。
 サーカスを見学し、一人客席で芸を見る。
 楽屋に招かれ、おっかなびっくりに、猛獣に触れる。
 ユリウスも、あの男も笑っている。心から楽しそうに。
 そんな夢ばかりを。
 起きるたびに切なくなる夢を見た。
 いったい、いつ終わるのか。
 いつ自分は、元のような完璧な時計屋に戻れるのか。
 恐怖が時計を侵蝕する。


 耐えられない。


「おいおい、また来たのか?」
 会わないようにしていた反動だ。
 ユリウスは、無理やり過ぎる口実を見つけて会いに行くようになった。
 ジョーカーの態度も変化する。
 てっきり迷惑そうな顔をされるかと思ったが、逆だった。
 粗暴だったのも最初のうちだけ。
 警戒は徐々に薄れ、やがて困惑と戸惑いが見られるようになった。
 少し長い会話も交わすようになった。合間に笑い声が混じることさえあった。
 肩を叩かれ『他の時計屋とは、こんな会話はしない』と言われ、優越感すら感じた。
 最後には、ユリウスが会いに行くとどこか嬉しそうに迎えるまでになった。
 
 そう、最後には。

 …………

 何度目? 何十度目? いや何百度目だったかもしれない。

 あるとき、ついにジョーカーが言った。

「なあ。監獄に泊まっていくか?」

 にわかには返事が出来なかった。
「……なぜ」
 絞り出すようにそれだけを言った。
「いや、俺はおまえのとこじゃ実体化出来ないし その、だからよ……」
 監獄の所長は目をそらす。
 だがそらしきれず、何度もこちらを見る。
 意味ありげに、どこか期待した様子で。

 泊まって、何なんだろう。
 何も起こらないかもしれない。
 だが決定的な何かが起こるかもしれない。
 自分のこれまでを、これからを根底から変える何かが。

「……それは出来ない。仕事がある」
 
 それだけ素っ気なく言い、帰ろうとした。

「おい! 待てよてめえ!」
「何だ、ジョーカー」
「俺様にここまで言わせておいて、尻尾巻いて逃げるつもりか!?」
 ジョーカーは激しい反応をした。
「し、仕事があるんだ。仕方がないだろう……」
「時計屋!」
 胸ぐらをつかまれた。殺気のこもったまなざしで睨まれる。
「……すぐに塔に帰れるのに、わざわざ泊まる理由などないだろう」
「てめえ! 自分から誘っておいて、いざとなったら臆病風か!?」
「何の話だ? さっぱり分からない」
「…………」
 互いを触れかねない距離で見つめ合い。
「ああ、そうかよ」
 ジョーカーは手を離した。
「っ!」
 急に手を離され、倒れそうになり、慌てて踏みとどまる。
 途端に深い罪悪感がユリウスを襲った。
「行けよ。次に用事があるときはもう一人の俺に言え。
 てめえの情けない顔なんざ、二度と見たくねえ」

 すでにジョーカーはこちらに背を向けていた。
「ジョー……」
「気安く呼ぶんじゃねえよ!!」
「……分かった。じゃあな」
 ユリウスも背を向けた。罪悪感が急速に勢力を増し、全身に広がる。
 しかし監獄を去る間際、ユリウスはもう一度振り返ろうかと思った。
 なぜかジョーカーが、こちらを見ている気がしたのだ。

 振り返る。
 ただそれだけのことをすれば、さっきの空気は氷塊する気がした。

 だが、そうすればきっと、二度とジョーカーから目をそらせない。

 あるいはジョーカーが力ずくでも、自分を二度と帰さない。
 
 それが何より恐ろしかった。

 だからユリウスは決して振り返らずに監獄を去る。
 自分は何も誘ってなどいない。
 自分たちの間には何もない。
 どこかの自分のもたらした『揺らぎ』が自分をおかしくしていた。
 仕事で会いに来ているのに、あの男が勝手に恥ずかしい勘違いをしただけだ。
 
 あの男のことなど何も思っていない。
 相手が勝手に勘違いしただけだ。
 自分は悪くない。
 役を果たすことだけが自分の全てだと。
 ユリウスはいつまでも、己に言い訳をしていた。

 …………

 それから、ジョーカーに会うことはなかった。
 やむを得ない用で監獄に行くことはあっても、もう一人が対応に出た。
 何があったのかと、それとなく話題を振られることはあったが、無視した。
 
 罪悪感が、消えたはずの心を蝕む。
 そのせいで、注意が散漫になっていたのかもしれない。
 少なくとも時計塔周辺の治安維持は怠っていた。
 
 買い出しに出かけたときのことだ。

「よお、時計屋」

 狂ったウサギのシルエットが見え、銃弾が昼間の空を貫いた。

 倒れる瞬間、ユリウスは激しい後悔に苛まれた。

 ――ジョーカー。

 会いたい。会いたい。会いたい。
 二度と会えないなど、耐えられない。
 飽きるほど機会があったのに、ついに言えなかった言葉。
 手に届きかけていた、あの夢の光景。
 例え相手の心が離れていたとしても、ただ一言の詫びを。

 会いたい。


 最後に一目でいいから、会いたい。


 だが全ては遅かった。
 ウサギの快哉は遠くなり、痛みは感じず、視界は暗くなる。
 ついにユリウスは伸ばした指を地面に落とす。

 それきり何も分からなくなった。

 …………

 …………

 ユリウスは動かせない身体で思う。
 ここはどこだろう。
 そこは真っ暗で、黒一色の空間だった。
 だが何もないわけではない。
 すぐそこに玉座がある。隻眼の男が腰掛けていた。
 足を組み、倒れたユリウスを無表情に見下ろしている。

 この男は誰だっただろう。
 そして自分は何者だったのだろうか。

 思い出せない。何もかもがあいまいだ。
 いや、何かすることはあった気がする。
 自分に与えられた役目だ。それは何だっただろうか。
 ユリウスは何とか手を動かそうとし、その甲斐あって指先がピクリと動いた。

「止めておけよ。せっかく解放されたのに、まだ仕事がしたいのか?」

 男が玉座から立ち上がり、こちらに近づく。
 靴音が真っ暗な石畳に響く。
「気が無い素振りをしたワリに、最後で迷い込みやがって。
 本当に、バッカじゃねえの?」
 足でユリウスを軽く蹴る。だがユリウスは身体を動かせない。
 ここはどこなのだろう。
「俺様の支配する王国だよ。知ってるだろう?」
 他に説明はない。だが分かる気がする。
 自分とこの男は見た目は違うが、とてもよく似た存在だから。
 かつては自分も、こういった場所を作り出せた気がした。
 だが今は……。
 
「それじゃあ、楽しませてもらうとするか」
 隻眼の男がこちらにのしかかる。
 そして唇を重ねてきた。
「……っ!」
 同じ男にそういったことをされる違和感。
 乱暴な手つきで服に手をかけられる。
 本能が恐怖を訴えるが、なぜか一切の抵抗が出来ない。
「止めろ、何をするんだっ……!!」
「黙れっ!!」
 頬を遠慮のない力で殴られ、口の中が切れた。
「う……」
 もう一度唇を重ねられる。口内の傷を、舌先で荒く探られ痛い。
「冷酷なてめえにも、赤い血が流れているんだなあ」
 自分より余程冷酷に見える相手が、血のついた唇を舐め、笑う。
 そしてまた口づけ。
「……ん……っ……」
 息継ぎの間など与えられない激しさで唇を貪られる。
 強引に吸い上げられた舌を絡め取られ、苦しくてたまらない。
 唾液の音と吐息が真っ暗な空間に融け合っていく。
「……――――……っ」
 隻眼の男が何か名を言った気がした。ユリウスは、
「今のそれは、私の名前なのか?」
「……さあな」
 隻眼の男はうっすら笑い、もう一度服に手をかけてきた。
 今度はユリウスも形ばかりの抵抗しかしない。
 暴力への恐れもあるが、少しずつ分かりかけてきた。
 この空間の王は彼だと。
 そして自分は、全てがあいまいな泡沫のような存在だと。

「ああ、そうだ。もう誰もおまえを思い出さない、存在すら、な」

 冷酷な男が冷酷な事実を告げる。
 ユリウスの上にまたがり、喉に手をあててきた。
「俺様に可愛がってもらいたかったら、従順にしておくんだな」
「……ぐ……っ……」
 呼吸が出来ず、ユリウスは肯定も否定も出来なかった。
 しかし視界には、反応した隻眼の男の××が映っていた。
 
 …………

 どれくらい経っただろうか。
「ほら、もっと腰を振れよ、まだ始まったばかりだぜ?」
 隻眼の男が命令する。
 苦痛と圧迫に、ただでさえ不明瞭な思考がますます、あいまいになっていく。
 苦しさに涙さえあふれ、何かつかむものが欲しくても冷たい石畳しかない。
「はあ……あ……ああ……」
 卑猥な音が真っ黒な空間に響く。
 ユリウスは何とか応えようとした。
「良い子だ……」
 首筋を噛まれ、快感に全身がゾクリと震える。
「可愛いなあ。――――。こんなに零しちまってよう」
 男に、雫を零す自分の雄を握られ、吐息が漏れた。
「ん……」
 押さえつけられ、奥を抉られ、快感を一方的に与えられる。
「……ぐ……っ……」
 身体の内に生温い液体がほとばしる。
 同時に自分の背に重み。隻眼の男が、自分を背から抱きしめている。
 耳元で名を囁かれ、耳朶を噛まれる。

 あれからどれだけ抱かれたか。
 ユリウスの身体は傷だらけで、全身を白濁した液体で汚されている。
 服も引き裂かれ、半裸と言っていい。
 ユリウスは隻眼の男を振り向き、唇を重ねる。
 しかし目は、どこかぼんやりしていた。
「ほら、ぼさっとしてんじゃねえよ」
「…………」
 促され、ユリウスは隻眼の男の前に跪くようにする。
 残滓をかすかにまとわせた、隻眼の男の××に手をあてがい、舌先で
清め始めた。隻眼の男はそんなユリウスの頭を撫で、指に髪を絡める。
 ユリウスは隻眼の男に従いながら思う。
 いったいこれは、いつ終わるのだろうか。

 どこまでも続く黒の空間。たった一人の王と自分。
 逃げてもこの空間に出口はない。
 捕まえられ、蹴られる、殴られる。
 そして抱かれる。

 ここに来てから、全てが止まっている感覚がある。
 ずいぶんな時が経った気もするが、一秒も進んでいない気もする。

 何も起こらず、何も思い出せない。
 これからのことも、考えようとすると頭がぼんやりして、それ以上は
考えられなくなる。

「――――……」
 髪を撫でられ、名前を呼ばれた。
 ユリウスは顔を上げ、隻眼の王の胸にもたれる。
 彼の名前は何だっただろうか。
 思い出したいのに、どうしても思い出せない。
 何も思い出せないから、話すこともない。
 彼は彼で、気まぐれに自分に暴力をふるい、手荒く抱く。
 だが従うしか無い。
 今のユリウスには、隻眼の男しかいなかった。

「ん……」
 腹に、男の屹立した××が当たっている。
 また続きが始まるようだ。
「……っ……」
 突き飛ばされたかと思うと、靴で床に転がされる。
 そして乱暴に足を抱えられ、先端をあてがわれた。
 一瞬の後に、熱い雄が自分の内にねじ込まれる。
「……はあ……ん……っ」
 隻眼の王が動き出す。ユリウスはただ喘ぎ声を上げるしかない。

 こんなことを望んでいたのだろうか。

「思い出すな……」
 支配者が微笑む。哀れみをたっぷりと含んだ目で。
「おまえには、行く場所も戻る場所もねえ。死ぬことすら……」
 胸の時計が軋む。いや、それは本当にあるのだろうか。
「俺が飼ってやるよ」
 時計は本当に動いているのだろうか。
 確かめるより先に、名も知らない隻眼の男が動く。
 彼の全身を、苦痛と快感の内に受け止めながら、ユリウスは目を閉じた。

「ずっとここにいろよ。俺様が支配してやる。永久にな……」

 残酷な言葉に全身を安堵で包まれる。


 そしてユリウスは、終わりの無い快楽の波間に落ちていった。




……………………

リク内容:ブラック×ユリウス(黒の玉座ENDな感じで)

リクが大変遅れまして、本当に申し訳ありませんでした<(_ _)>

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