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■小さくなった話・上

ある朝、時計屋ユリウスが何か気がかりな夢から目をさますと、
自分が小さくなり、作業机の上に立っていることに気づいた。

「……は?」

ユリウスは慌てて辺りを見回す。
目の前に横たわるドライバー、魔方陣のように巨大になった時計、両手で
持たなければいけない大きさの、ネジに歯車にゼンマイに……。
「〜〜〜〜!!」
頭をかきむしり、いや頭を叩き、悪夢から目覚めるように願う。
「おい、芋虫!おまえの仕業だろう!さっさと元に戻せ!!」
虚空に怒鳴りつけるも、何の反応もない。
「くそ!この忙しいときに……」
ユリウスはドライバーを蹴りつけ……足をひねりそうになり、痛みにうめいた。
――とにかく、仕事をしなければ。
そう決意したが……
「この……っ!」
今や丸太サイズになったドライバーを、どうにか抱え、ヨロヨロと歩く。
そして壊れた時計のネジにドライバーをあて、四苦八苦してネジを
緩めようとした。
「か、硬い……」
ドライバーが重ければ、ネジもなかなか回ってくれない。
全身を使って必死にドライバーを回し、ネジを少しずつ緩めていった。
だが普段使わない筋肉を酷使するハメになり、ネジの一つも外さない
うちから身体が悲鳴を上げ始める。
「ふう。ここからは手作業の方が良さそうだな」
ドライバーを作業台に横たえ、両手でネジをつかんで回していく。
「よっと……」
ゴトリとネジを作業台に置き、またドライバーを抱え、別のネジに向かう。
この調子ではいつ時計の修理が終わるのか。
ユリウスは先を考え、気が遠くなりそうだった。

…………

「……ん」
身体をつつかれた気がして、身じろぎする。
だが久しぶりに肉体労働をした身体は痛い。
ユリウスはもう一度丸くなり、ドライバーにもたれた。
「ユリウス、おい、ユリウス」
そしてまた身体をつつかれる。声には聞き覚えがあった。
「……?」
眠い目を開け、筋肉痛の身体を起こした。
「うわー、やっぱりユリウスだ」
驚いたような声。
目の前には、緋色の瞳を丸くした巨大なエースがいた。
「すっげえ!」
エースはローブを脱ぎ捨て、人形のようにユリウスをつかむ。
「お、おい!つまむな、乱暴に持ち上げるな!!」
空中に持ち上げられ、慌ててエースの手を拳で叩く。
だが部下は気づいてもくれず、ユリウスを上から下から、しげしげと眺める。
「どうしたんだよ、ユリウス。ネズミ君の薬でも飲んじゃったのか?」
「知らん!……あ、いや、待てよ」
とはいえ、それでハタと思い出す。
――そういえば買い出しにいったとき……。

あれは×時間帯前のこと。食糧がつきて、ユリウスは街に買い出しに
出かけた。そしてパンや果物を買って、帰ろうとしたときだった。
『うわっ!』
『おい、気をつけろ!』
同じく買い物中だったらしいネズミとぶつかった。
双方の荷物が地面に落ち、ネズミの荷の中の瓶が割れ、こちらの荷物の
果物に、瓶の液体がかかった。
『ちゅう!ご、ごめんなさい!』
ギロリと睨みつけると、ネズミは尻尾をブルブル震わせ、慌てて自分の
荷物や瓶の破片を拾い、逃げていったのだった。
ユリウスは汚いネズミに触れたことを忌々しく思いながら自分も
荷物を拾い、帰路についた。
しかし帰ったときにはそんなことはすっかり忘れ、普通に果物を食べ、
仕事に戻ったのだった。

「……多分ネズミだ。薬品のかかった果物を食べたと思う」
「ユリウスー。食べる前にちゃんと洗えよ。ネズミ君の持ってた瓶の
中身が猛毒だったら、今頃ユリウスは時計に戻ってたぜ?」
「以後、気をつける」
原因が分かって安堵したものの、よりにもよって部下に怒られた。
「それにこれじゃあ……」
「ん?――っ!!」
突然エースの顔が近づき、キスをされた。
といっても相手が大きすぎて気色悪いだけだったが。
「これだと×××が出来なくて困るよなあ……」
「おい」
睨むユリウスに笑いかけ、エースはユリウスを手の平にのせる。
「…………」
やっと足場が出来たものの、やわらかくて落ち着かない。
それに人の手の上に土足というのは、不衛生な気がした。
靴を脱いで作業台の方に投げると、エースがプッと吹き出すのが見えた。
「はは。律儀だなあ。そんなこと気にしなくていいのに」
「うるさい!」
笑って指でつつかれる。遊ばれているようで不快だった。
それにしても……眠い。
温かい手の上にのせられているということもあるだろうか。
さっきの疲労も戻って来て……身体が……。
「ユリウス?」
エースの声が聞こえたが、ユリウスはエースの手の上で目を閉じ、
すやすや眠ってしまった。

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