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■トカゲと子犬のゲーム2

エースはせせら笑う。
「こんな場所にまで連れ込めば俺が怖がると思った?
悪いけど、こんな子供だましに引っかかるほど子供じゃないから」
「へえ。少しは度胸があるみたいじゃねえか」
トカゲがやっと、少し感心したように言った。そして片手を翻したかと
思うと、一瞬のうちに、その手にナイフが握られていた。
「だが世の中、そんな無鉄砲なガキほどさっさと死ぬ」
「……っ!」
喉元にナイフを押しつけられた。先ほどの比では無い殺気だ。
少しでも刃の角度を変えて動かせば、ナイフはエースの喉を切り裂くだろう。
「もう一度聞く。『ごめんなさい』は?」
「…………」
ここまで本気で脅しておいてなお、子供を叱る物言いをされる。
何でここまでムキになってしまうのか、自分でも分からないまま、
エースは言い放った。
「や、や、やりたいならやれよ!トカゲさんに子供が殺せるのならね!!」
「――っ!」
トカゲの目がわずかに見開かれる。
エースは目を閉じ、少しでも恐怖から逃れようとした。
そして……ゆっくりと身体を下ろされ、床に足がついた。
恐る恐る目を開けると、トカゲがナイフをおさめるのが見えた。
エースは気づかれないように――それでも気づかれているだろうが――深く
息をはいた。トカゲは憎々しげに、
「ちっ!だからガキは嫌なんだ」
どうやら度胸試しに勝ったらしい。エースは震える膝を押さえ、
「お、俺が本気だって分かったなら、また鍛錬につきあってよね。
それじゃ、倉庫の鍵を開けて――」
言葉の途中に遮られる。足を引っかけられたらしい。
「うわっ!!」
頭を打ち、痛みと驚きで目を開けると天井が見えた。
廃倉庫の床は冷たく、ざらりとしている。
だが起き上がる間もない。
覆い被さってきたトカゲに両手足を押さえられたのだ。
「な、何するんだよ、トカゲさん!」
「おまえに目に見える傷をつけすぎると、ギャアギャアうるさい連中が
いるんだ。こっちは根無し草だからな。領土丸ごとは敵に回したくねえ」
「……?」
言葉の意味が分からず、トカゲを見上げた。トカゲはうっすら笑い、
「おまえの度胸は分かった。だが、それじゃあ俺の気が済まねえ。
かといって殴ったり切ったりしすぎると、時計屋や墓守頭を敵に回す」
「だから、あの二人は別に……」
言いかけ、言葉を止める。殴られたり叩きつけられたりしたからではない。
撫でられたからだ。頬を。トカゲに。
「……!な、何するんだよ、気色悪いな!」
するとトカゲは唇が触れるくらい、エースに顔を近づけ、
「なあ、知ってるか?拷問にも色々とある。その中で、ダメージが
少ないが相手の精神に深い傷を与えられるやり方……知ってるか?」
「ええと……」
自分が何と返そうとしたかは永遠に忘れてしまった。
トカゲが、キスをしてきたから。
「……っ!!」
目を見開く。だがすぐ顔を離したトカゲは楽しそうに言った。
「××だよ」
「……――っ!!」
意味が脳に浸透し、ゾッと全身が総毛立った。その言葉がもたらす嫌悪感は
もとより、それが自分にされようとしていると知って。
「ま、待てよ!俺は男だぜ?トカゲさんって、そういう趣味が……」
「男相手でも普通にされることだ。より屈辱的だし……痛めつけられるだろう?」
ニヤリと笑う。一瞬、巨大な本物のトカゲに押さえつけられている錯覚を
覚えた。もう余裕が毛ほども無くなり、必死にもがいた。
「止めろよ!助けて!誰か!!」
しかし人が来る気配も無ければ、声が外に届いた気もしなかった。
「聞こえるわけねえだろ。本当にガキだなあ」
トカゲはそんなエースを嘲笑し、手早くストールとコートを脱いで放った。


「ん……ぅ……う……」
涙がこぼれる。屈辱と言うより呼吸もままならない息苦しさからだ。
キスをされている。
自分よりもはるかに大きく体格のいい相手にのし掛かられ、身体が
動かせない。トカゲの手はキスの合間も動き、服のボタンを外してくる。
「口を開け。ほら、舌を出せよ……良い子だ」
抵抗しなければと思う。相手の舌にかみつき、ひるんだ隙に……と頭の
中では勇ましく考えられる。
「……っ!」
トカゲに口内の傷を舌で突かれ、鈍い痛みに眉をひそめた。
「大人を挑発したり、抵抗したりするからこうなるんだ」
ざまあみろ、と言わんばかりの爬虫類。まだ痛みで頬がひりひりする。
エースの保護者がどうこうと言っていた割に、あれから数発殴られていた。
抵抗を封じるためだ。
「あんまりお痛がすぎるなら、見えない場所を切りつけるぜ。
俺は暗殺者だからな。男として絶対に傷つけられたくない場所にも
刃を食い込ませられる。試してみるか?」
「……っ……」
痛みを与えつつ、耳元で絶えず脅すことも忘れない。
気がつくとエースは抵抗する気持ちがすっかり萎縮していた。
「やっと大人しくなったか。抵抗しきれねえなら、最初から挑発してんじゃねえ」
「……っ!!」
腹を殴られ、内蔵が飛び出るかと思った。
そしてついに恐怖が矜持を上回る。
「う……トカゲさん……ご、ごめ……ん、なさ……」
「遅ぇよ」
謝罪を流し、トカゲはエースの耳元に顔を近づける。
「だが謝ったのはいい心がけだ。もう少し素直にして、言うことを
聞くのなら、途中で止めて帰してもいいぜ」
「ほ、本当?」
希望の光が心に灯る。何をされるのか具体的な知識があったわけではないが
今は墓守領の養い親の元に帰りたい一心だった。


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