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■トカゲと子犬のゲーム1

※ショタ注意
※軽い暴力描写有り

剣が地面に転がった。取ろうとしたら、相手は足で剣を蹴る。
硬い石畳に金属の反響。
「……っ!!」
そして路地に身体を叩きつけられ、全身を痛みが襲う。
立ち上がろうとして果たせず、情けなく尻もちをつくと、喉元にヒヤリと
するものが押しつけられた。確認するまでも無く分かる、鋭利な刃物だ。
「これで少しは懲りたか?」
目の前にいるのは、鋭い瞳の暗殺者。
ここは街の中だ。といっても、周囲を通り過ぎる顔無しは素知らぬ顔。
大した見世物ではないと思われているのだろう。誰一人立ち止まる者は
いない。しかし子供のエースにとっては、それすら屈辱的なことだった。
「会うたびに突っかかってくるのは止めろ」
こちらを見下ろす暗殺者の顔には、一片の感情も見られない。
エースは立ち上がり、口元ににじむ血を手の甲でこする。
「仕方ないだろ?トカゲさん、俺の鍛錬の申し込みを受けてくれたこと、
一度もないじゃないか、だから俺から勝負させてもらったんだ」
いつものことだ。出会ったので、斬りかかり、ほとんど一瞬で負けた。
「子供の練習台になるほど落ちぶれちゃいねえよ。だいたい、おまえに
怪我をさせたら、過保護な連中がうるせえんだ。いい加減にしてくれ」
「ユリウスとジェリコは関係ないよ。俺から鍛錬を申し込むんだから……」
「そんな無責任なことが言えるから、ガキだって言ってるんだ。
大体、ガキが鍛錬だの、申し込むだの粋がってほざいてんじゃねえ!」
うんざりした顔でぶつくさ呟き、こちらに背を向ける。
そのままストールを翻し、街の中に去って行きそうだった。
エースは全く相手にされていないことに、悔しくて唇をかむ。
――そうだ……。
そのときエースはトカゲを挑発する方法を思いついた。
深く考えていたわけではない。少しでも、爬虫類に不愉快な思いをさせ、
溜飲を下げたいだけだった。
怒る顔が見られるかも。上手く行けばもう一戦交えられるかもと。
「トカゲさんって駅長さんの相手はしてくれるのに、俺の相手はしてくれないんだ」
すると、立ち去りかけていた肩がピクッと動く。
もくろみどおり、トカゲは肩越しに不快そうに振り向く。
「何の話だ。あのガキは鍛錬を申し込むほど丈夫じゃねえ」
乗ってきた、と直感し、エースはニヤニヤと、
「トカゲさんって、駅長さんと『そういう』関係なんだろ?
だから暗殺する側なのに、駅に入り浸って世話をやいてるんだよね?」
「おまえ……意味が分かって言ってるのか?」
トカゲの声に、脅しでは無い険しさが混じる。
「え?意味ってどういうこと?大人が言ってたから、言ってみただけだけど。
もしかして本当にそうなの?うわ、帰ってユリウスやジェリコに――」
最後まで言う前に、胸ぐらをつかまれた。身体が浮くのではと思うくらい
持ち上げられる。
「言って良いことと悪いことがあると、大人に教わらなかったか!?」
本気で怒っている。もしかすると実際にそんな噂があるのだろうか。
そして、どうしたものかと考えている風だったトカゲは、
「おまえの保護者どもは過保護がすぎて、ろくに躾(しつけ)も出来て
いないようだな。来いよ」
襟もとの手を離し、トカゲがエースの手首をつかむ。
握りつぶす気かというくらいの力だ。
そのときになって、やっと言い過ぎたと気づくが、遅い。
「い、嫌だよ!誰か――!」
周囲を見るが、人通りは少ない上、叱られる子供に注目する者はない。
「来い!」
トカゲはエースを引きずる。エースは誰の関心を引くこともなく、建物の隙間、
路地裏の向こうに引きずられていった。


人けのない建物に特有の、ひんやりした空気と無機質な匂いを感じた。
「――っ!!」
壁に叩きつけられ、背骨が折れるかと思った。
抗議する間もなく、再び胸ぐらをつかまれ、足が着かないほど高く
持ち上げられる。
「トカゲさん……くるし……」
「大人には礼儀正しい口をきけ。ワケもなく突っかかってくるな。
分かったか?分かったら『ごめんなさい』と謝って、二度と突っかかって
こないと誓え。そうすれば解放してやる」
分からなければ、タダではすまさないと脅す声だ。
本気で叱るつもりのようだった。
場所も、外では無い。メインの通りから角をいくつも曲がった細道の奥。
その先にある、廃倉庫の中だ。汚れたら元に戻る世界だから、建物自体は
あまり汚れていない。窓もしっかり閉まり、頑丈に施錠されている。
子供を脅すには十分すぎる舞台だ。トカゲは廃倉庫の入り口に、なぜか
持っていた鍵までかけるという徹底ぶりだった。
だからこそ、エースも余計にむかっ腹を立てた。
――ちょっと挑発したくらいで、ここまで怒ることないだろ?
「こんな場所に引きずり込んで、何をしてくれるの?本当にトカゲさんって、
子供が大好きなんだね。もしかして俺や駅長さん以外にも子供をここに
連れ込んで……ぐっ!」
最後は殴られ、言葉にならなかった。
口の中が切れたのか、血の味が広がる。
「ガキ。俺の職業を忘れたわけじゃないだろう?躾の悪いガキが、
チンピラか酔っ払いに絡み、廃倉庫に連れ込まれ、マワされリンチされて
殺された……本当にあった話だ。ほら、あそこに血の跡が見えないか?」
「え……!?」
ギョッとしてそちらを見る。廃倉庫の窓ガラスから差す、冷涼な陽光の中、
そういえば確かに……いや、そんなはずはないと思い直す。
ここは死んだら時計になる世界だ。血痕なんか残るわけがない。
子供を怖がらせようとする作り話だ!
「おまえもその一人になってみるか?まあ、こんな場所だ。死体のうちは
見つからないだろうな。残像がおまえの時計を持っていったとき、時計屋は
どんな顔をするだろうな」
「や、止めろよ!!」
しかし目の前の男が紛れもない暗殺者という事実。
泣いてもわめいても、声が外に出ないだろう廃倉庫。
だんだんとさっきまでの勢いがなくなっていく。
一方トカゲは冷たい瞳のまま、
「もう一度だけ言う。ちゃんと『ごめんなさい』と謝って、二度と俺に
突っかかってこないと誓え。そうすれば鍵を開けて、出してやる」
しかし雰囲気と裏腹の、子供を叱る口調に、エースの反抗心がわずかに
刺激された。
「や、やれるものならやってみろよ。どうせ出来ないだろ?トカゲさん」
「何……?」

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