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■装う話・上

※時計屋×エース
※上→ユリウス視点、中・下→エース視点
※少しでも不快に感じられましたら(以下略)

※R12

ダイヤの国の森は深い。
行けども行けども、木々が生い茂っている。
夕刻の森は薄暗く、少し先すらも見通せない。
その中で、たった一人の子供を探すとなれば難作業だ。
「エースっ!」
時計屋ユリウスは、手を口に当てて呼びかける。
「エース!いないのか!?エースっ!!」
何度読んでも返事はない。だが呼び続ける。
「エースっ!!……痛……っ」
手の甲を木の枝が乱暴にかすり、赤い跡を作る。
遠出に慣れていない身に、森歩きは辛い。
これだけ探していないのであれば、戻るべきだろう。
家主がいらぬ心配をし、構成員達を引き連れ、大ごとにするかもしれない。
そうすれば、捜し物は森の奥に引っ込み、さらに出てこなくなるだろう。
「戻るしかないか……くそっ!」
ユリウスは悪態をつき、苛立ちで地面の木の葉を蹴飛ばした。
だがそのとき、

「…………ユリウス」

「――!?」
かすかに自分を呼ぶ声を、聞いた気がした。
「エース!?どこだ!?」
ユリウスは顔を上げ、慎重に耳をすます。
「……ユリウス」
するともう一度、弱々しいが、確かに自分の名を聞いた。
「エース!いるなら姿を見せろ!」
低木をかきわけ、声の方角に進む。だがあの元気な迷子は一向に姿を見せない。
「ユリウス……」
「エース!そっちか!」
声が近い。ユリウスは道無き道を必死で進み、枝で頬が傷つくのも構わず進み、
「エースっ!」
木立の間に出来た、小さな草原に出た。そこに見慣れた茶色の髪を見る。
ユリウスは夕暮れの風の中、一度立ち止まると、大きく息を吸い、
「エース!おまえという奴は――……っ……!」
だが、怒鳴りつけようとした言葉は途中で絶たれる。
近づくにつれて、養い子がなぜ、自分の元に駆け寄ってこなかったかが分かった。
「……おまえ……っ」
「あーあ、見られちゃった。ユリウスが来る前に自分で何とかしたかったのに……」
あっけらかんと笑う子供は、服を着ていない。
いや、服はすぐそばに散乱しているが、汚れ、踏みにじられ、一部は破れていた。
頬には殴られた跡があり……下半身や髪、顔に白い液体が見えた。
両手首は縛られ、今も自分でほどこうとしているのか、歯を立てていた。
「なかなか外れないな……痛いぜ」
「……エース……」
ユリウスの全身の血液が、ダイヤの女王より冷たい冷気で凍りつく。
クズどもにすべき拷問が、一瞬で大量に頭をよぎり――消えた。
「……誰にやられた」
「ええ?覚えてないよ。顔無しだぜ?えーと何人いたっけなあ。一、二、三――」
「いい。しゃべるな」
ユリウスは手を伸ばし、すぐにエースの手首の戒めを解いた。
力任せに縛られた箇所は変色し、血がにじんでいた。
「うわ!キツく縛りすぎだぜ、あいつら。抵抗しないって言ったのになあ」
子供はブツブツ言い、赤くにじんだ手首を舐めようとした。
「よせ」
ユリウスは応急用の包帯を取り出し、無言でエースの手首に巻き付ける。
そして別の布で、エースの身体の汚れをぬぐっていく。
全裸でそれをぼんやり見ながら、エースは、
「なあ、ユリウス。キス、してくれないかな?いつもみたいに」
顔を上げてエースを見る。いつも通りに明るい。
だが、あどけない顔はかすかに青ざめ、ほんの少し震えている。
そして何か思い出したように慌てて、
「あ、やっぱりいい!いいよ!何度もしゃぶらされたし、血だって――」
「…………」
最後まで言わせる前に、ユリウスは両手で少年をかき抱き、唇を重ねた。
好きこのんで汚れた口づけを交わす気はないが、少しでも痛みを分かち合いたかった。
エースの方は抵抗があったのか、ほんの少しだけもがき、
「ん……ん……ぅ……」
やがてユリウスにしがみつき、小さく嗚咽する。
その涙を舌で舐め取り、また唇を重ねる。
物騒な世界で子供が一人旅。
自業自得と責めることも出来るが、出来ない。
エース自身が一番分かっていることだ。
……そして、自分自身も。

…………

墓守領に戻ってきたとき、ジェリコはマフィアのスーツを着ていた。
構成員を数人引き連れ、これから『仕事』に出かけるようだ。
「おいおい、傷だらけじゃねえか、エース!どうしたんだ?」
マフィアのボスとは思えない気さくな笑みで声をかける。
「ああ、その、崖で足を踏み外したそうだ」
ユリウスは歯切れ悪く説明する。かたわらのエースは無言で地面を見ていた。
あちこちに湿布を貼り付け、包帯を巻かれている。今は家主に視線も向けず、もう
少し幼い子のように、ユリウスの手をギュッと握っていた。
「やんちゃもほどほどにしろよ。あんまり心配かけんな。じゃ、行ってくるぜ」
ジェリコは快活に笑う。そして構成員を引き連れ、ユリウスのそばを横切った。
そのとき、ユリウスにだけ聞こえるように小さく、
「後は任せろ」
「…………」
ユリウスは返事をしない。
常と変わらぬジェリコの足音が、遠ざかるのを聞いていた。
奴が任せろと言うからには、それだけの仕事をするだろう。
自分はエースだけを気づかっていればいい。
「……ユリウス?」
手をつないだエースが、こちらを見上げていた。
「とりあえず、シャワーを浴びるぞ。きれいにしなければな」
ユリウスはエースにそう言って、安全な領域に入っていった。
「きれいにしたら……」
「…………」
エースはうつむく。
その目に、怯えがよぎった気がしたが、手をふりほどくことはしなかった。

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