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■四号店とクローバーの塔・上

長い藍の髪をなびかせ、時計屋ユリウスは、大股で時計塔への道を急ぐ。

森のドアをくぐり、異界に来てしまった。
そこで自分とそっくりな三人の時計屋と出会った。
しかしこれが、どいつもこいつも、顔が同じなだけで中は似ても似つかない。
時計をほとんど修理せず、おかげでこの世界は奇妙な現象をいくつか生じている。
時計屋として、導いてやりたい気持ちもある。
だが、ユリウスの持つ小瓶の水は、ほぼ満杯。
これがたまると帰れないという可能性もあり、一刻の猶予もない。

だが、森のドアをくぐっての帰還は、ほぼ不可能らしい。原因は不明。
――だが、ドアが正常に動作していない原因は……。
もしかすると『仕事をしない時計屋』にあるかもしれない。
ユリウスの出した結論はこうだった。

――時計屋の領土争いを終わらせ、この世界の歪みを是正する。

それでドアが元に戻り、帰還できる希望がある。
似て非なる異世界か、『あいつ』のいる元の世界か。軽重は問うまでもない。

帰る。そのためなら、自分と同じ存在を撃つことにためらいはない。

…………

いびきは部屋の外まで響いていた。
「一号店!」
ユリウスは扉を勢いよく開ける。
すると、大きく鳴り響いていたいびきが止んだ。
そしてベッドから、ごそごそと音がし、ヒョコッと同じ顔が姿を見せた。
「よお、朝帰り。帽子屋屋敷に泊まったんだって?」
自分と同じ顔が笑う。他の共通点は何一つない。
真逆の時計屋。もっとも不真面目な一号店。
「…………」
ユリウスは剣呑に彼をにらみつける。一号店は同じ顔でニヤニヤと、
「四号店。暇なんだろう?クローバーの塔に行って、二号店を回収してくれないか?
あの馬鹿、遊びにいったきり――」
「おまえたちは、なぜ時計を修理しない」
単刀直入に問うと、一瞬だけ沈黙があった。
「しているさ。二号店と三号店が、な」
「いいや、していない。していると言っても口だけだ。
この世界の奴らは、皆おまえたちに迷惑しているという話だ」
ユリウスは懐からスパナを取り出すと、銃に変えた。
そしてまっすぐに、ふざけた寝間着の時計屋を狙う。
「歪みを正す。時計屋が一人になれば、少しは仕事をするようになるだろう」

ユリウスの唐突な行動に、一号店は驚いた風ではなかった。
寝癖のついた頭をかき、真面目な顔で言った。
「俺を殺すのか?異界の時計屋」
「恨みはない。私はただ、元の世界に帰りたいだけだ。
悪いが、おまえと小さいやつを始末させてもらう」
一号店はそれを聞き、眉をひそめた。
「三号店を残すのか?」
「……あいつには守りがある」
時計屋が一人でやっていくには、騎士との癒着は重要だ。
「で、何で俺たちを殺したら元の世界に帰れるんだ?」
「……根拠はない。だが、出来る方法は全て試させてもらう」
無茶な話だという自覚はある。
しかも間違いだとしたら、自分の世話をしてくれた二人を無駄死にさせるという、
後味の悪い結末になる。
だが、他の方法を悠長に検討している時間はもうない。
呑気に他の領土で過ごしたり舞踏会に出たりしていた、時間帯の浪費が悔やまれた。

「悲惨な話だな。恩を仇で返すのか?」
自分と同じ顔が苦笑した。どこか透明な笑みで。
「すまないな……私はそういう世界から来たんだ」
思い通りにならなければ銃で解決するしかない。
「なるほどな」
「……?」
だがベッドの上の同じ顔は、銃を向けられていても平然としていた。
呑気にベッドの木枠に頬杖をつき、
「まあ、それはともかく」
「……なにが『それはともかく』だ」
本気にしていないのか?と、銃を向けながらユリウスは言った。
「二号店を連れてきてくれ。どのみち、あいつも始末するつもりだろう?」
「なぜ私がそんなことをするんだ。そんな要求をのむと思うか?」
ユリウスは静かに言った。一号店は答えない。
「逃げも隠れもしないさ。だが抵抗しない代わりに、もう少し寝させてほしい」
「馬鹿なことを……」
二人の時計屋は静かににらみ合った。

…………

「なんだってまた、この格好にならなければいけないんだ……」
ユリウスは宵闇の下を、街を見下ろしながら飛んでいく。
今は再び二号店の姿――手のひらサイズの時計屋と化していた。
そして二号店を探しにクローバーの塔へ向かっていた。
本当は、こんなふざけた姿になるのは二度とごめんだった。
が、この姿なら空を飛べる。徒歩より早い。
もう一つは、他の役持ちとの接触を、避けたいがためだった。
エースや帽子屋のボスに正体を気づかれ、領土争いに巻き込まれる羽目になった。
これ以上、誰かに余所者と気づかれるのは危険だ。
最悪、自分自身がこの世界に混乱を巻き起こすかもしれない。
というわけで、ユリウスは非常に非常に不本意ながら、月を背に飛んでいた。
しかし夜の街を眺めたり、くるくる回ってみたりして、
――空も悪くないな。元の世界に戻ったら、そういった変身の研究をしてみても……。
と気楽に考えかけ、ハッと我に返った。
「ゴホン……は、早く二人を始末して、元の世界に帰らねば……」
誰も聞いていないのに咳払い。
それに何となく、己の言動にも突っ込みどころがある気もした。
が、ユリウスは考えないことにして、パタパタとクローバーの塔に飛んでいった。

ユリウスは窓の外から、そっとトカゲの部屋をうかがう。
室内は灯りもなく、静かだ。だが捕らわれて眠っている可能性もある。
――二号店は、どこかにいるのか?
羽を動かし、開いた窓からそっと中に入る。
相変わらず煙草の匂いが染みついた部屋だ。
――いないのか?
互いに小さいし、入れ違いで、向こうが先に帰ったのかもしれない。
しばらく室内を飛び回り、
「おい、いるか?」
と、いちおう呼んでみた。
すると隅にある棚の影で、何かが動く気配があった。
「……いるのか?」
部屋の主かと警戒したが、気配はごく小さいものだ。
――まったく……。
始末する相手を保護するというのも妙な話だと、舌打ちしながら、ユリウスは棚へ
飛んでいく。そして棚の影に声をかけた。
「おい、さっさと帰――うわっ!!」

棚の影から姿をあらわしたのは巨大な――というかユリウスが小さくなっているから
巨大に見えているだけの、本物の爬虫類『トカゲ』だった。

しかし『トカゲ』の方は驚いた風でもなく、ちょんっとユリウスに鼻面(?)を触れ
細い舌でぺろっと顔をなめる。
――は、爬虫類に触られたっ!?
ゾワッと総毛立ち、身体が凍りつく。

そして。

「二号店。俺に会いに来てくれたのか」

……殺人鬼が後ろに立っていたとしても、ここまでの恐怖はない。
気がつくとユリウスは身体を巨大な両手で包まれている。
「……トカゲ……」
絶望的な心境でユリウスは呟いた。

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