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■緋と藍の時間10

とある少女がこの世界にふらりと迷い込んだ。
そしていなくなった。

ユリウス自身は、あの娘に恋をしていたわけではない。
ただ『こんな家族がいたら』と他愛もない妄想にしばし時を費やすほどには、
気にかけていた。しかしそれだけだ。
彼女がこの世界から消えたときも、当初は何も思わなかった。
だが喪失感は確実に蓄積し、少しずつ自分を蝕んでいた。

気がつくと、ユリウスは何もかもが嫌になっていた。
仕事を捨て、時計塔を捨て、己の姿を変え、監獄に近い場所に向かっていた。
最後に記憶も捨てて。

かといって決して嬲られたかったわけではない。
ただ少しの間だけ、静かな場所で休もうと思ったのだ。


「エース……っ!」
また己の内に欲望を吐き出され、目を開ける。
「……っ!」
エースは何かに気づいたのだろうか。
慌てて、と言った感じで彼自身をユリウスの身体から出す。

その時計塔の騎士に、ユリウスは手を伸ばした。

そして抱きしめる。
「……ユリウス」
声がした。
なぜだろう。さっきまでこの男は、もう少し大きかった気がする。
さっきまで自分を怯えさせた体躯。
今は……そう変わらない。

「エース。心配をかけたな」

「俺はユリウスの部下だからな」
手を伸ばし、部下の頬に触れる。
今は同じ目線。緋の瞳の中に映るのは、無愛想な顔をした長身の時計屋。
そしてユリウスはゆっくりとエースに顔を近づけ……口づける。
「っ!」
苦しさを覚え、顔を離す。エースが自分を抱きしめていた。
絞め殺す気かと言いたくなる強い力で。
「……おい。もう十分すませただろう!」
睨みつけると、エースは笑う。
「いや、いくらユリウスでもさ、やっぱり小さいのとやるのは犯罪だろ?
元に戻ったんだから、改めて……と思ってさ」
「……好き放題しただろう、おまえは」
だがエースは笑いながら、ユリウスを横たえる。
そして確かめるように身体のあちこちに触れ、長身の時計屋を抱きしめた。
「やっぱり、ユリウスが一番いいぜ」
小さく息をはく部下に、ユリウスは仏頂面で答える。
「好きにしろ。終わったら、当分は仕事漬けだと思え」
「あはは、ユリウスを監獄から助けたんだ。大目に見てくれよ」
「私を好きにして、十分、元は取っただろうが、この××××が……」
呆れて返しながらも抵抗はしない。
そして、作業台をチラリと見る。
どうせ馬鹿の浅知恵だ。
あの作業台の引き出しの中、そして床下や天井裏には、未修理の時計がぎっしりと
詰め込まれているのだろう。
どれだけ膨大な量になっているかと思うと、考えるだけで頭が痛い。
だがそれを修理するのが、この世界唯一の時計屋の仕事だ。

「ユリウス……」
胸に、首筋にと触れている騎士の顔を上げさせ、また口づける。
「ん」
意地悪くエースは笑い、ユリウスの足を抱えると、後ろに××を押しつけた。
あれだけ吐き出したというのに、エースのそれは、まだ健在だった。
「ユリウスもだろ?」
考えを読んだようにエースが、存在を主張するユリウスの××に軽く触れ、笑う。
笑っているのに笑っていないような、不思議な表情だった。

そして二人は身体をつなげる。時間帯が変わっても、獣のように互いを求め。
「エース……っ!」
何度も名を呼び、抱きしめあい、慰め合った。
「ん……ぁ……っ」
身体を激しく貫かれ、藍の髪を振り乱し、声をからして絶頂へ上りつめるとき、
時計屋の目から、涙が一筋だけこぼれた。

…………

やがて窓の外の時間帯が変わり、昼になったとき、エースがやっと最後の精を吐き出した。
「ユリウス〜」
ついに体力も尽きたか、エースは自分自身を抜き、ユリウスを解放すると、ユリウスの
上に倒れてきた。
「……馬鹿が……」
その重い身体を受け止め、ユリウスは少しだけ笑う。
エースの荒い息が寝息に変わるまで、何十秒もかからなかった。
それから本当の静寂が訪れた。

「……はあ……」
時計屋に戻ったユリウスも、エースを抱きしめたまま身体の力を抜く。
どうせ遅れに遅れた仕事だ。あと数時間帯眠っていても似たようなものだろう。
「すまなかったな」
誰にも聞こえないつぶやきを落とし、髪に口づけた。
そして騎士を抱きしめたまま、自分自身も目を閉じる。
甘いまどろみは穏やかに訪れた。

ユリウスは眠りに落ちる瞬間まで、エースを抱きしめていた。
もう二度と道化師たちに捕らわれないよう。

己の大切なものを、二度と見失わないように。


そして時計塔に、また時計屋が戻ってきたのだった。


緋と藍の時間・完

10/10

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