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■緋と藍の時間7

情事の余韻も冷めると、あとは気だるくも穏やかな時間だけがあった。
窓の外には、昼の雲が流れている。
「眠いな、ユリウス」
「……ああ」
エースはソファに座り、だらしなく足を投げ出している。
ユリウスはそのエースに抱きしめられ、胸にもたれていた。
「ん……」
髪に口づけられ、不快に思って小さくうなると、エースが笑う声がした。

この男が誰なのかは、未だによく分からない。
助けてくれた恩人だとは思う。
だが一方で、小さい自分に手を出してきた×××××という気もしている。
ただ、ずっと共にいると、なぜか警戒心が薄れてしまう。そんな不思議な男だった。
「ユリウス。寝るか」
「ああ……」
答えると、エースは座った姿勢のまま、ソファに横になり、つられてユリウスも、
一緒に横になってしまう。
「ユリウス……」
エースはユリウスの髪に何度も口づけながら、少しずつ眠りかけているようだった。
――静かだな。
窓の外から、鳥の声がする。時間帯は陽気な昼間だ。
背中を撫でられる。その動きも次第に遅くなる。
騎士の時計の音が心地いい。
身体をつなげた疲労もあり、ユリウスも、うとうとと眠りに入ろうとした。
もう、道化師たちに捕らわれていた記憶もすでに遠い。
大人の騎士と小さい自分という、本来なら許されざる情事を強要されるが、自分さえ
それに目をつぶれば、この生活をいつまでも続けるのも、そう悪くは――。

窓の外から、銃声が聞こえた。
その瞬間、脳裏に何かがよぎる。それは時計の形をしていた気がした。

――…………。

ユリウスは身じろぎし、エースの腕の中から起き上がる。
「ユリウス?どうしたんだよ」
今にも眠りかけていたエースが目を開け、不思議そうに言った。
「いや……」
自分でもよく分からない。ただ、今、何かを思い出しかけた。
「ああ、撃ち合いが気になるのか?」
窓を凝視するユリウスの視線にエースも気づいたのか、
「あいつらはこっちまでは来ないぜ?俺たちには関係ない」
――本当に?
本当に関係ないのだろうか。
エースの笑顔は、どこかユリウスの反応をうかがっている風でもあった。
「関係、なくはないだろう」
それだけは確信を持って言えた。だが、
「じゃあ、どうするんだ?」
「…………」
問われても返答が出来ない。とにかく、何かしなければ。それだけは確かだ。

ユリウスはソファから下り、ろくに調べなかった机の方に向かう。
あれは作業台なのだろうか。中に何が入っているのだろう。
それを見れば、何か思い出せるかもしれない。

「ユリウス」

「……離せ」

先に進めないことに気づき振り返ると、エースが、背後から腕をつかんでいた。
「そんな面倒なこと、一度寝てからにしようぜ」
「ダメだ。今すぐ、しなければいけないコトがある」
「しなければいけないコトって?」
「いや……その点」
少し口ごもった。だが一度気になると、もう意識をそらせなかった。
「あの机の引き出しの中身を確認したいんだ」
「今する必要があることなのか?」
エースは手を離さない。けれど笑顔を消している。
「あの作業台をよく調べれば、私の記憶を取り戻す手がかりがあるかもしれないだろう?」
確かこの男も、記憶を取り戻すことを促していたはずだ。
「後でいいだろう?」
だがエースはそう言った。そう言って、ユリウスの手を強引に引っ張った。
「っ!!」
視界が反転し、後頭部に衝撃が走る。気がつくとユリウスは床に引き倒されていた。
真上には騎士がいて、ユリウスの四肢を押さえつけている。
「は、離せ!」
「ユリウス。このままでもいいだろう?俺が守るからさ。
ずっと二人でここで暮らそうぜ。何もかも忘れて、ずっとこのままで――」
「おまえは私に記憶を取り戻してほしいのではなかったのか!?」
記憶の扉はガタガタと揺れ、今にも堰を切って破れそうだ。
「俺はどっちでもいいんだ。ユリウスが選ぶのなら。
破滅して、二人でこの世界から消える。それも、悪くないだろう?」
「悪いに決まっているだろう!!」
即答する。そして記憶の扉を必死に開けようとした。
だが自分自身の記憶には、何ら変化は見られなかった。

「ユリウス……好きだぜ」
騎士がおおいかぶさり、キスをする。
今までのような優しさはない。押しつけ、貪るようなキスだった。
「ん……っ」
ユリウスの舌を強引に引き出し、無理矢理に絡める。
「ぁ……やめ……っ」
歯を立てられ、痛みが走る。
必死に首をふり、唇の端から血が流れるのを自覚しながらユリウスは怒鳴った。
「離せ!……私にはやるべきことがあるんだ!!」
それは絶対的な確信だった。
「うん、そうだな。でも俺にはないんだ」
騎士は笑う。どこか皮肉げな笑みで。
そしてユリウスの服に手をかけた。


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