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■四号店と混乱する時間・下

――時計塔にすぐ戻らねば。

自分を悩ませているのは、最初から最後まで、この世界の時計屋だ。
なら時計屋の名を貶める連中の尻を蹴っ飛ばし、仕事をさせるのみ。
あの根性なしの連中だ。一時間帯もかからないだろう。
ユリウスは目的を改めて確認すると立ち上がった。
アリスの傍にはいたいが、マフィアのボスに用は無い。
彼女はユリウスを見上げ、
「お兄さん、どこに行くの?」
「時計塔に戻る。おまえたちの助力は不要だ。私に任せろ」
「ならお兄さんが時計を修理してくれるの!?これでまた抗争が出来るわ!」
「……私は修理しない。異界の時計屋が修理して何か起きたら大変だろう」
「もう十分大変なことになってるわよ?誰が修理しても同じよ」
アリスは不満そうだ。
確かに自分が修理すれば早いのだろうが……それでは根本的な解決にならないし、
第一、自分にはそこまで時間が残されていない。
どのみち小瓶は、あふれる寸前だ。
今となってはどこまで当たっているか怪しいが、この小瓶が完全に満ちたとき、
ユリウスは帰れなくなる可能性がある。
「奴らに時計を修理させる。そうするしかないだろう」
扉に向かい、ノブに手をかけた。
「お兄さん……行っちゃうの?」
気配に振り向くと、アリスがいた。自分の服の裾をつかんでいる。
不満そうな、不安そうな顔だ。
「この世界のおまえも、私の世界のあいつも助けてみせる」
フッと優しく笑い、少女の頭を撫でた。
するとアリスが笑う。どこか苦い笑みだった。
「そうね……あなたは『ユリウス』だものね」
なぜか、泣きそうな顔に見えた。
――大げさな奴だな。まあ、確かに『私』とは二度と会うまいが。
彼女にとってなじみある時計屋は、この世界の三人組。
来て間もない自分では無い。まあ余所者だから、異常に好かれたのかもしれないが。
「元気でな」
未練を抱いても仕方がない。もう一度アリスの頭をなで、扉を閉めた。

「いればいるほど、頭のおかしくなる世界だな……」
扉を背に、ため息をつく。
スッキリしないことだらけだが、全てを追究しても仕方が無い。
そしてユリウスが歩き出そうとしたとき、
「おーい!時計屋!!」
声が聞こえた。
「おまえか……」
デカい影が廊下の向こうから走ってくる。
あちらの世界では決して聞くことのない、イカレウサギの親しげな声。
エリオット=マーチが耳をピンと立て、こちらに走ってくるところだった。
「アリスの部屋に泊まったんだって?やるじゃねえか!」
駆け寄ってくるなり、こちらの肩を馴れ馴れしく叩く。
そして男友達に接するような、悪戯っぽい声で、
「で、どうだった?ボスは気に入ってくれたか?」
「…………」
すると、それをどう受け取ったのか、背中をバンバン叩いてくる。
「ゲホっ……!何をするんだ、馬鹿力が!!」
「ははは!大丈夫だって!アリスはあんたが気に入ってるんだ!
これで、あんたも帽子屋ファミリーの一員だな!」
領土の問題も、カードの格のことも、何も考えていないようだ。
「……断る!!時計屋がマフィアなど出来るか!!」
いちおう生真面目に修正してみたが、
「よし!そうと決まれば、前祝いだ!ちょうどシェフがニンジンフルコースを作って
くれてさ!あんたも食べていけよ」
「は……?そんな狂った食卓など、断じて……お、おい!引っ張るな!!
それに私は時計屋だ!おまえを投獄した――」
どいつもこいつもイカれている。三月ウサギはこちらに背を向けている。
「いいや。俺を投獄したのは三号店だ。あんたじゃない」
「だから私は――」

「……いや、でもやっぱり、本当はあんただったかもな」

こちらの手首をつかむ力が、ほんの少し強くなった気がした。
「?」
意外なことを言われ、三月ウサギを見上げる。
「宿敵がいないのは寂しいからな。三号店だと、思いたかったのかもな」
静かな声だった。
「おまえ……?」
世界の流れが混乱しているという。三月ウサギの記憶にも混乱があったのだろうか。
だが振り向いた三月ウサギは、太陽のような笑顔だった。
「よし!その前にお祝いだ!やっぱり宿敵はあんただ!後で決着をつけようぜ!」
「は?おい!何の話――」
そして非力な時計屋は、上機嫌なウサギに引っ張られていったのだった。

…………

その後のことを、ユリウスは詳しく思い出したくない。
ただ三月ウサギと一対一で、ニンジンフルコースを食わせられた。
食べても食べてもオレンジの物品が皿にのる様に、最後のあたりはノイローゼになり
頭にウサギ耳が生えていないか何度も確かめてしまった。
「オレンジの物体は、二度と見たくない……」
どうにか解放され、よろめきながら帽子屋屋敷の門をまたぐと、
「同感だね、時計屋。僕らもだよ」
「同じ苦痛を背負ってくれる戦友が増えて嬉しいよ」
大人になっている双子が、これまた親しげに声をかけてきた。
「ねえねえ、時計屋。次はいつ遊びに来てくれるの?」
「他の時計屋はダメだけど、あんたなら秘密の遊び場を教えてあげるよ?」
「…………」
もうすぐ帰れるのだと念じ、這い上がる嫌悪感をおさえた。
そして、遠目にクローバーの塔も確認し、双子に言った。
「もうすぐ全てが、元通りになるからな」
ユリウスは、半分は自分に言い聞かせるように、双子に言う。
『……時計屋。もうすぐ消えちゃうの?』
双子は気のせいか、少し悲しげにも見えた。
「いいや。時計屋は存在し続ける。そして時間が正しく流れ出す。それだけだ」
ユリウスは説明してやる。すると、
「……おい!何をする!!」

双子が抱きしめてきた。背筋を光速で悪寒がかけのぼる。

切羽詰まってる状況で無ければ、スパナを銃に変え、二人を撃ったのに。
だが二人はユリウスの肩に顔をうずめ、言う。
「正常じゃない時間もいいと思ってたんだけどね」
「そうそう。時計屋じゃない時計屋だって来たし」
「…………?」
アリスにも感じた違和感を、またここでも抱く。
だが問いただす前に双子は離れた。いつもの笑顔で、
「それじゃあね、時計屋」
「あっちでも、元気で」
「あ、ああ……」
二人に手を振られ、ユリウスもあいまいに振り返す。
もしかすると、帽子屋屋敷の者たちに、余所者と気づかれていたのだろうか。
それで彼らなりに別れを察し、惜しんでくれたのかもしれない。
ともかく、解放されたユリウスは時計塔に向かうことにした。

道の途中、何度か振り向くが、双子はずっとユリウスを見送っていた。
何の感情もない、淡々とした表情だった。

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