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■四号店と時計屋の領土争い・中

この世界の三人目の時計屋。区別のために『三号店』と呼んでいた。
性質は真面目だが気弱で不器用。自分に自信が持てないらしい。
他の時計屋がユリウスと真逆の性質を持つのなら、この時計屋は、逆にマイナス面を
パワーアップさせたような存在だ。
しかし不運なことに、この世界のエースのお眼鏡にかなったのは彼らしい。
よって、三月ウサギを投獄したのは、この三号店だということだ。

今はユリウスを守るようにエースに立ちはだかっている。いるのだが……

「け、剣を、引いてくれ……エース」
明らかに腰が引けていた。動作がオドオドし、声も不明瞭で聞き取りにくい。
エースに怯えているのが、悲しいほどによく分かった。
「ダメだぜ。ユリウスの頼みでもそれは聞けない。さ、そこをどいてくれよ」
案の定、エースは主の言うことを聞かない。そして言われた側も、
「あ、ああ。分かった」
「いや、おまえも『分かった』ではないだろう」
後ろから思わずツッコミを入れてしまった。すると慌てて彼は振り返り、
「あ、す、す、すみません……」
鏡を見たように、そっくりな姿。あまりにもみっともない。
なまじ、どの『時計屋』よりも自分に酷似しているだけに、むずがゆさが倍増する。
ユリウスは羞恥と苛立ちに、顔に手をあてて頭痛をこらえ、
「しっかりしろ、三号店。おまえはそれでも時計屋か!?
そんなことだから、他の奴らに見下されるし、雑用を押しつけられるんだ。
いいか、もっと時計屋としての誇りを持ち、堂々と外に出て――」
……言いながら、自分はどうなんだという気がしてきたが、ユリウスは無視する。
「す、すみません。すみません……!」
そして反論せず、普通にペコペコ謝る三号店。
「それで、何をしに来たんだ、おまえは?」
本気で気になってきたので聞いてみた。すると、
「え……?も、もちろん、四号店さんを助けに……」
「今、目の前でエースに譲ろうとしただろう、おまえ」
「あ……えと、その……」
何も考えていないらしい……。
「仕事は大丈夫なのか?他の二人はちゃんと修理をしているんだろうな?」
すると三号店は、『マズいことを聞かれた!』という顔で目をそらす。しかし素直に、
「その、一号店は寝ていて、二号店は遊びに行って……」
「またか!どいつもこいつも、すぐに仕事をサボって!!」
「すみません、すみません……!!」
三号店は必死に謝ってくる。
――本当に何をしにきたんだ、こいつは。
助けには来てくれたんだろうが、具体的なことは考えていなかったようだ。
自分のマイナス面をつきつめるとこうなるのだろうか、と痛々しくなる。
「あのさ、ユリウス。詳しい話は後にしようぜ。
俺はそろそろ、そっくりさんを斬りたいんだけど」
エースも口をはさんできた。
「あ、ああ……」
「いや、だから肯定してどうする」
「よし、それじゃあ上司の許可も出たことだし……覚悟してくれよ!」
と。エースが再びユリウスに、剣を向けようとした。
……元の世界に帰ったら永久に時計塔に引きこもってやる。
特に目の前の馬鹿は、無期限の出入り禁止にしてやろうと、暗く決意した。
――仕方がない。
そこでユリウスは、さきほど言いかけたことを口にした。
「私は時計屋の領土争いにおいて、この小心者に加勢する。
だから、この場は見逃してくれ」
エースの動きがピタリと止まった。

…………

…………

「はあ……」
ため息をつく。
部屋は暗く、光源はランプのほのかな明かりしかない。
その明かりに照らされ、ユリウスはソファに座ってうなだれる。
手には酒の注がれたグラス。
「はあ……」
それを勢いよく煽り、酒臭い息を吐いて、自己嫌悪に陥る。
「何で私はこうなんだ……」
だがあの場は仕方なかった。もしくは異常な状況が続き思考が停滞していた。
どのみち余所者である自分に、交換条件として出せる事柄などほとんどない。

あの舞踏会の夜。ユリウスはエースに正体を見破られ、ピンチだった。
助けにきた(つもりの)三号店は、毛ほども役に立たなかった。
だから首の皮をつなぐため、『殺さない方が得だ』と思わせるしかなかった。
とどのつまりは『領土争いに加勢する』と。

そのとき、エースは半信半疑の表情で、首をかしげながらも剣をおさめた。
が、三号店は真に受けて『や、やめて下さい!』と大慌て。
しかし言われずとも、同じ存在を撃つことはしたくない。
エースを下がらせ、三号店を時計塔に送り返し『後は野となれ山となれ』と、問題
丸投げのまま森に走った。そして扉をくぐったのだ。

「……舞踏会が終わったから、ぐっすり寝ようと思ったの。
そしたらお兄さんが私のところに忍びに来てくれたんだもの。嬉しかったわ」
隣でマフィアの女ボスが笑う。
「…………」
他の時計屋を笑えはしない。
扉は一番苦手な女の部屋につながってしまった。

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