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■ダイヤの国のユリウス・下

その3:子供の独占欲

ユリウスは部屋で時計修理をしていた。
だが、かたわらの子供は不機嫌そうだ。
就寝時間なのに寝もせず、ソファに座り、足をぶらぶらさせている。
そして頬を膨らませ、不機嫌にユリウスをにらみつけてきた。
しかし何も言わない。じーっとにらんでくる。
「……おい、エース」
あまりにエースが何も言わないので、ついにユリウスは言った。
「言いたいことがあるならハッキリと言え。無言でじっと見られては不愉快だ」
すると、しばらくの沈黙の後、
「……ユリウス。旅に出ようぜ」
「は?」
予想外のことを言われ、思わず素っ頓狂な声で返す。
だが子供は大まじめのようだ。
まるで積もりに積もった怒りをぶちまけるように、
「こんな陰気な領に厄介になることないだろ!俺と一緒にここを出るんだ!」
「馬鹿も休み休み言え。ここを出て、どこに住めと言うんだ」
呆れて返した。
時計屋を敵視する帽子屋領、氷づけにされるダイヤの城、暗殺者の潜む駅。
墓守領以外のどこに厄介になれというのか。すると子供はすぐ、
「引っ越しまでずっと旅をしていればいいだろ!俺がユリウスを守るから!」
「馬鹿を言うな。さっさと寝ろ」
幼い夢想など相手にする気になれず、ユリウスは再び時計修理に戻った。
すると悔しそうな、泣きそうな声が聞こえた。

「あいつなんか、あいつなんか嫌いだ……ユリウスに土の匂いをつけて……」

ユリウスは返答をしない。
「もっと強くなってやる。ユリウスをここから連れ出せるくらい強く……」
「…………」
墓守にも少年にも引きずられないくらい、強く引きこもる。
引きこもりへの決意を、強くするユリウスだった。

その4:暗殺者日和

玄関に応対に出ると、そこに暗殺者が立っていた。
「……ここの領主は不在だが」
主の代わりに出たユリウスは、いつでも銃を抜ける体勢で、低く言う。
「暗殺者が正面玄関から、何の用だ?」
「この間は、『俺の獲物』が世話になった」
謎の言い回しをし、暗殺者はユリウスに菓子折を差し出してきた。
一瞬、首をかしげたユリウスだが、すぐに思い当たる。
「そっちの駅長か。墓守領に遊びに来て、風邪をひいただけだろう」
エースは遠ざけておいたし、大人で感染した者もいない。
駅長の子供は、この世界の薬によって即効で治り、駅に帰っていった。
しかし暗殺者は、持参した菓子折を突きつける。
「だが俺の獲物が、迷惑をかけたことは事実だ。受け取ってくれ。毒はない」
……暗殺者が、『毒がない』と明言するのも逆に怪しいが。
まあどうせ食べるのは、墓守やその部下だからいいかと、ユリウスは受け取る。
そして暗殺者は、こちらに深々と頭を下げ、
「体調管理はしてやっているが、俺の獲物は病弱だから、限界もある。
だが俺の獲物は遊びたい盛りだから、仕事から逃げてしまうんだ。
いつも、俺の獲物の相手をしてくれて、本当に感謝している」
「……ああ」
他にどう答えればいいのだろう。
「すまない」
暗殺者は、また頭を下げる。そしてバッと顔を上げ、
「ええと……それと、時計屋」
急に声を変えた。何かを決意したような声に。

「何だ?まだ何か用か?」
玄関を閉めようとしたユリウスは、眉をひそめた。
だが暗殺者はさっきと様子が違う。
「ええと、その、そのだな……」
暗殺者らしからぬ、煮え切らない態度で、何か言いかけては口を閉じる。
「おい、いい加減に……」
菓子箱を持つ手も重くなってきた。いらいらして言うと、
「その、この前、俺の獲物の勉強になればと新聞を契約したんだ。
だが、そのとき映画の割引券を二枚もらって……その……良かったら……」
「…………」
暗殺者が差し出したのは、間違いなく映画の割引券だ。
チケットに印刷された画像は、甘ったるいラブロマンス。カップル向けだろう。
「その……どうだろう……」
頬を赤くする暗殺者。ユリウスの反応をうかがうように、ちらちらと見てくる。
ユリウスはずいぶんと長く沈黙した。そして、
「……駅長と行けばいいだろう」
だが『とんでもない!』と暗殺者は首をふった。
「俺の獲物にはまだ早い!刺激が強すぎる!
俺の獲物の成長に、悪い影響が出たらどうするんだ!」
何だか、いろいろとツッコミのしようがない。
あと『俺の獲物』ではなく『うちの子』と言い直した方が適切ではないだろうか。
「その……悪いが……予定がある」
結局、そう言うしか無かった。
「そうか……」
とたんにガックリと肩を落とす暗殺者。
「ああ。時計屋は俺と映画に行くからな」
『っ!!』
そのとき、ふいに聞こえた声。暗殺者は目を見開き、ユリウスは鳥肌を立てる。
そして、首回りのあたりに暑苦しい重さを感じた。
「映画なら車掌でも誘ってやれ。悪いな」
「おいっ!」
墓守がいつの間にかユリウスの後ろに立っていた。
ユリウスの首元に腕を回し、抱きついている。
「おい、人前だっ!離れろ……!!」
赤くなって抗議するが、墓守は離れずに笑う。
そして、呆気にとられる暗殺者に言い放った。
「そういうわけだ。暗殺者風情は出直してこい。髪を整え、スーツでも着てな」
言って、墓守は自分のくだらない冗談に一人で笑う。
「……」
呆然としていた暗殺者だが、すぐに顔色が変わる。
手の中のチケットをグシャッと握りつぶし、悔しげに歯がみした。そして。
「またな、時計屋」
クルッと背を向け、去って行く。
ユリウスと墓守の目の前で、乱暴に扉が閉まった。

暗殺者の意図がつかめず、ユリウスは困惑した。
「何なんだ、いったい」
暗殺者から宗旨替えし、役持ち同士の交友でも深めるつもりだったのだろうか。
それなのに、男同士の気色悪い行動を見せられ、不快になったのかもしれない。
他には考えられない。
「……重い!おい、本当に離れろ!!」
墓守は相変わらずユリウスから離れず、腕を回し、肩に体重をかけてくる。
実力行使でもって戦うべきか、とユリウスが考えかけたとき。
ふと墓守がいた。

「時計屋。俺といてくれ。俺と一緒に。ずっと……な」
「…………」
守れないと分かっている言葉を、ユリウスは肯定してやれなかった。

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