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■遊戯の代償・下

――ああ、もう、どうにでもなれ。
今更どうにもならない。
ユリウスはそっとグレイのベルトをゆるめ、前を引き出し、口内に含む。
「……ぅ……」
声はグレイの口から漏れた。
奥まで咥えこみ、舌を使う。唾液も絡め必死に舐めた。
「う……と、時計屋……」
グレイの反応も早い。ユリウスの頭をつかみ、自分の腰も動かし出す。
口内のモノが育つのを感じ、ユリウスは先走りの汁を音を立ててすすり、煽り立てた。
「くそ……」
ふいに口内が楽になった。
××が引き抜かれたのだと気づくまで、わずかに反応が遅れる。
その間にグレイがユリウスの腕を引っ張り強引に立たせ、棚に向き合うようにさせた。
グレイには背を向けていることになる。
「おい、トカゲ……」
返事はない。背後から抱きしめられ、ズボンを引き下ろされる。下半身を冷えた外気に
さらされ、ユリウスはたじろいだ。
「――ぅ……」
強引に後ろから指を挿入され、痛みに顔がこわばる。
「時計屋、少しだけ我慢してくれ……」
なだめるように前に手を回され、手が動き出す。
後ろの手は潤滑油か何か使ったのだろか、
グレイの指は内壁を探りつつ数を増やし、侵入経路を慣らしていく。
痛みと苦しさに生理的な涙がにじみ、ユリウスは棚にすがりつくようにして
身体を支えた。後ろを滑りよくする一方で前も休みなく刺激され、次第に艶めいた
ものが息に混じり出す。
「はあ……はあ……」
ポタリと先走りが絨毯の上に落ち、汚れた染みを作る。
頃合いと見てかふいに圧迫感が去り、後ろに熱いものが押し当てられるのを感じた。
「時計屋……」
「くっ……!」
侵入は強引で容赦がない。一気に奥まで挿入すると、グレイは少しずつ動き出した。
額に汗がにじんだが、が十分に慣らされ、前が滴を零していたこともあり、何度か
揺さぶられるうちに少しずつ痛みは引いていった。
「はあ……はあ……」
荒い息づかいと淫猥な水音が資料室に響く。胸に回された手がときおり敏感な箇所を
いじり、そのたびにユリウスは身もだえた。
そのとき、資料室の扉を誰かが開けた。
ユリウスは一気に冷や水を浴びせられた心地になり、グレイから離れようとした。
だが、耳元で低く、
「いいから、続けよう」
と囁かれた。グレイは言葉通りに再び動き出す。
正気を疑う行動にユリウスはついていけない。足音は近づき、遠ざかり、そのたびに
ユリウスは時計が止まる思いを味わった。
だがグレイはというと動きをより速くし、ユリウスの前に手をのばして再び扱き出す。
それどころではないというのに煽られ、ユリウスは声を抑えるのに精一杯だった。
だが一際強く突き上げられたとき、小さく息が漏れてしまった。
「誰か、いるのか!?」
瞬時に鋭い声がし、こちらに走る音がする。しかもここからそう遠くない。
今から身なりを整えて間に合うだろうか。必死に身をよじるが、グレイは離さない。
代わりに、声に向け、
「俺だ」
「ぐ、グレイ様?」
塔の要人の声はすぐに分かったらしい。足音の主が驚いたように立ち止まるのが分かる。
「用あって資料を探している。警備の者か?」
「は! 夜間巡回中であります!」
足音の主は今にもこちらに駆け寄りそうだ。
ユリウスは緊張で本当に時計が止まるかとまで思った。
だがグレイは至って冷静で、抽挿を自重する気配はない。
グレイは行為を続けながら器用にしゃべる。
「こちらはいい。見回りご苦労」
「はっ! ありがとうございます!」
警備の者が敬礼した気配がする。そして素直に去っていく音がした。
そして静かに扉が閉じ、足音が遠ざかる頃合いまで息を殺し、ユリウスはようやく、
「おい、トカゲ!」
「お前だって、少し乗っていただろう……ずいぶんと元気だったじゃないか」
からかうように滴を零し続ける前を指で弾かれ、喉の奥から切ない声が出る。
「ごまかせたから良かったようなものの……」
だがグレイはニヤリと笑う。
「どうだろうな。普通、明かりもつけず資料探しなどするか?
案外、上司の密会と悟って気をきかせてくれたのかもしれないぞ」
「お、おい!」
グレイはくつくつと笑い、
「俺の部下は皆、口が硬い。それに相手が男だとは誰も思わないさ。むしろ、俺に
新しい女が出来たと噂が立てば、お前のことがバレる可能性はより低くなる」
だがその声は、何かを押し殺しているようだった。
グレイが隠したいというよりはユリウスを気遣っての発言なのだろう。
しかし返す言葉はユリウスにもない。
それに再度熱が高まったこともあり、互いに限界が近かった。
「トカゲ……もう……」
「ああ」
耳元で低く頷かれ、それだけで背筋にゾクリとするものが走る。
グレイはいっそう速く揺さぶり、ユリウスも最早隠さずに声を上げる。
汗が流れ落ち、棚をつかむ手に感覚が無くなる。内を荒らすものはあまりにも熱く、
意識まで浸食しそうだ。
「はあ……はあ……」
もうどちらの声かも分からない。そして何度目かに、ユリウスは声を上げて果てた。
「時計屋……っ!」
グレイも叫ぶようにユリウスを呼び、内に放った。生温かい感触が内に広がり、外へ
緩慢に流れていく。ゆっくりと引き抜かれ、資料室の床に崩れながら、ユリウスは
快感と、どこか時計をきしませる痛みに、ただ息を吐いていた。


「…………誰か通りがかったら、絶対に私は自分の時計を撃つからな」
「そう言うな、悪かったと言ってるだろう」
羞恥で死ねる。ズボンを下ろした状態での情事というのがいけなかった。
ユリウスは汗と××でぐしょ濡れになったズボンをはき、グレイの私室への道を急いでいる。
塔の内部は明るいし、若干の残り香も放っているから、何があったか丸わかりだ。
後にしてきた資料室にしても、絨毯にかなりの染みを残してしまった。
「この、変態が」
怒気のまま作業室に帰りたいが、こんな格好でうろつくわけにはいかない。
かと言って一番近くで着替えられる場所がグレイの私室なのだ。
恐らくグレイは場所を変えての第二戦も想定して資料室を選んだのだろう。
常識人を装っているが、ときおり予測のつかない方向にぶっ飛ぶことがある。
計画性がうかがえるだけに、なおのことタチが悪い。
「そう言うな。塔の出入りは把握していると言っただろう。
人の通らない道を選んでいる。大丈夫だ。
あの場所だって滅多に誰も来ない配置だからな」
なだめるように口づけされ、顔を背ける。
――どちらが大人なのか分かりはしないな。
惚れられている分、自分が優位に立っているはずなのだが、毎回いいように
振り回されている。グレイの気遣いは心地良い。だが、そう思うたびに、
強くなる痛みがある。痛みを自覚すまいとしていると、どこかで声が聞こえた。
「トカゲ、あの声は……」
「ああ、近いな。森の方か」塔の外では、不安定になった世界に迷い込んだクジラが鳴いている。
声を頭から振り払うようにユリウスはグレイの腕をつかむ。
驚いたように見られ、ユリウスはやや目をそらしながら、
「今だけは恋人、だからな」
「ああ、そうだな」
グレイはやわらかく笑ってくれる。その笑顔に安堵と、そして罪悪感を抱く。
――このまま、遊戯を続けていられたら……。
ユリウスはその先を言葉にせずに、そっとつかんだ手を下ろし、グレイの手を握る。
すぐさま握りかえされる、強く優しい熱。
窓から見える夜空はどこまでも美しい。

クジラの声が遠く、残響は終わることなく、耳の奥深くにいつまでもこだましていた。

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