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■時計と麦の穂1

※二人が別れるオチです
※エリオットが若干鬼畜化


あれはいつのことだっただろうか。
考えるのが馬鹿馬鹿しくなるほどに、遠い前のことだった気がする。
あの愚かなウサギが牢獄に入る以前。
奴がまだブラッド=デュプレに懐いていなかった頃……。

…………

作業場の床に転がされ、ユリウスはうめいた。
「ん……ぐ……っ」
声は出せない。猿ぐつわをされたまま、必死で首を振る。
今ここで起こっていること、これからされること。
時計屋ユリウスには、何一つ受け入れることが出来なかった。
両手を縛られたまま、身をよじって逃げようとしたが、
「逃げてんじゃねえよっ!」
「っ!!」
腹に凄まじい痛みと、そして背に衝撃。
容赦のない力で蹴られ、作業場の壁に叩きつけられたと分かる。
皮肉なことに、猿ぐつわをされていたため、口の中は切らなかったようだ。
だからといって、ありがたく思うわけが無い。
そしてユリウスは、目の前の凶暴な動物をうめきながら見上げた。
エリオット=マーチはゆっくりと、ユリウスのかたわらに膝をつく。
「時計屋……あんたが、好きだ」
そして悲しげな目でユリウスの頬を撫でた。
ユリウスはそれをにらみつけ、再び首を左右に振った。
「……っ!!」
頬を優しく撫でていた手が、こぶしに変わり、頬を殴打する。
「――っ……!!」
勢いで床に頭を打ちつけ、額から血が流れるのを感じた。
「いいよな?時計屋」
そう言って、ユリウスを足で転がし、仰向けにさせる。
「…………っ」
全身にアザと傷を作った状態で、ユリウスはなおももがき、自由への道を探した。
だが三月ウサギは嘲笑する。
「無理だって。あきらめろよ。塔の入り口は閉鎖したし、ブラッドさんには、女の
ところに泊まるって言っておいたしな」
エリオットはマフラーを外し、ジャケットを放り、自分の服を緩めていく。
「あんたを殺す前に、もう一度だけ、抱かせてくれ」
ユリウスはその下であがきながら、いったいなぜこんなことになったのかと考えた。

あれは確か……

…………

いつからか、ユリウスは三月ウサギに懐かれた。
いったい、いつ三月ウサギと出会って、知り合いになったのか。
そのあたりは記憶があいまいで、全く思い出せなかった。
だがそのころの三月ウサギは、帽子屋ファミリーやブラッド=デュプレと上手く
行っていないというウワサだった。
それ以上のことをユリウスは知らないし、興味もなかった。ユリウスもユリウスで、
他の領土や役持ちと、一切関わり合いにならない生活をしていたからだ。
ユリウスが知っているのは、三月ウサギが自分に依存していたということだけだ。
いつの頃かウサギがフラリと時計塔に迷い込み、そして懐かれた。

「ここにいると、何か落ちつくよな……」

そう言って、三月ウサギはやがて半同居状態で居つくようになった。

抗争は少なく、舞い込む時計も限られていた時期だった。
帽子屋ファミリーからは一切の動きがなかったから、平時の気まぐれと容認されて
いたのだろう。あるいは放任されていたのかもしれない。
とにかくユリウスには彼らの内情を知る気など、今もこれからも起こらない。
分かるのは、三月ウサギが好き勝手を許され、自分のところに通い、半ば住み着いた
ことだけだった。

…………

それでも、最初の頃は上手くやれていた気がする。
「時計屋さんのところって、居心地いいよな。あ、俺、料理作るぜ!
回収する時計があったら、ファミリーの奴らに言って、俺が集めさせてやるよ!」

三月ウサギは舎弟気取りで、何かと世話を焼いてきた。
……それなら時計を隠す真似はやめてほしいものだったが。
ユリウスは時計を修理しながら、張り切る三月ウサギの背中を眺めていた。
だが、その良好な期間も、ごく短いものだった気がする。

…………

いつからだろう、三月ウサギは少しずつ身体的接触を増やすようになっていった。

「時計屋さん、時計屋さん」
「抱きつくな、気色悪い」
「いいから、いいから」
と最初はふざけて抱きつくだけだった。
肩に手を回し、身体をすり寄せてくる。
ユリウスも眉間にしわを寄せながら、動物のすることと、それを受容した。
いちいちはらって、ぎゃあぎゃあ騒がれるのがイヤだったからだ。
三月ウサギも単なる親愛の表現のつもりらしく、それで満足しているようだった。
単調な生活は変わらず続いた。

「この時計塔って、本当に誰も来ないからいいよな……」

嫌われている葬儀屋に友人はいない。少ない客が時折ポツポツと足を運ぶ程度だ。
部下のカードなどもちろん存在せず、自ら部下になりたいという物好きもいない。
残像もユリウスが命じれば、室内まで入ってくることはない。
窓辺の風に吹かれ、三月ウサギは目を細めていた。

…………

そして、いつ頃からだっただろうか。

「なあ時計屋さん……暑くねえか?」
時計修理をしていると、三月ウサギはそう言った。
確かに、部屋は熱気が少しこもって蒸し暑い。しかし耐えられないほどではない。
「私は大丈夫だが。そこまで暑いなら、おまえが勝手に窓を開けろ」
するとなぜか三月ウサギは首を横にふる。
「いや、暑いって。時計屋さん、いいから少し脱げよ」
しつこく言われて、渋々ユリウスは重いコートを脱いだ。
そでをまくると、確かに涼しい。これは快適に仕事が出来そうだ。
「まあ、おまえの言うとおりだな……すまない」
ぎこちなく三月ウサギのおせっかいに感謝した。だが、
「違う、そうじゃねえよ!」
三月ウサギが苛立たしげに言った。
「?」
意図が読めず、三月ウサギを見た。
だが三月ウサギも上手く言葉に出来ないらしい。
「いや、俺も、その、なんて言っていいか分からないんだけど……」
どうも上手く言葉に出来ない様子だった。
イライラと首を振り、だがその視線はまっすぐ、ユリウスの身体を見ていた。

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