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■捕らえられた話3

「ああ。襲われる瀬戸際だったな」
「襲うか!時間の番人が領主を殺すなど、ゲームの終わり方として正当ではない」
「いや領土争いの話ではない。『あっち』の意味だ」
「…………」
含みある笑いに、ルールなど無視して撃ってやろうかと本気で考える。
だが身体を離そうとする寸前、逆に腕を引かれた。
「っ!!」
気がつくと、帽子屋を押し倒す形になっていた。マフィアのボスの顔が間近にある。
深い碧の瞳は……見とれていたいほどきれいだった。
だがユリウスはすぐに正気に戻る。
「は、離せ……っ!」
「くく。小娘のような反応だな」
今度は妙な悪ふざけをしかけられる。ユリウスは慌て、挑発に出ることにした。
「おい、マフィアのボスは『そっち』もイケたのか?」
「何だと?」
「おまえに心酔する動物は、おまえではなくおまえの『身体』に溺れているわけか?
ああ、だからあそこまで忠誠を尽くすワケか。どっちが女役だ?」
正気に戻らせようと、ワザと侮辱する言葉を吐いてやる。だが、
「それはおまえの方だろう、時計屋。他の領土に所属する役持ちを時計塔に引き込み
身体を好きにさせる代わりに、かりそめの部下として扱っている。そんなウワサだ」
「な……どこでそんなウワサがっ!わ、私とエースはそんな仲では断じて……!!」
真っ赤になって怒鳴る。が、帽子屋は呆れたように、
「本当に引きこもりだな。挑発を返されて、乗ってしまう策士があるか。
こんな反応をされては真実味が出るばかりだな」
と、ユリウスの背を撫で上げる。
「〜〜〜っ!!」
そんなユリウスの反応を見ながら帽子屋は楽しそうに、
「何なら稀少書の礼に、抱いてやろうか?一応、そちらの技術もそれなりにある」
帽子屋の言葉に驚いた。
「え……お、おまえ。本当に……!?」
すると帽子屋は苦笑する。
「真に受けないでくれ。構成員の中にはそんな嗜好の者もいる。私は好きこのんで
同性を抱こうとは思わない。だが、おまえが部下と、趣味で好きあっているのなら、
特にどうとは……」
「そんなワケがあるか!本当に何もない!!」
このままではなし崩しに××にされると、自分の下に見える帽子屋に怒鳴る。
帽子屋はますます悪ノリする表情だった。
「だが、悪くはないから続いているのだろう?」
「だから、本当に……!」
「く……くく……」
マフィアのボスは爆笑する一歩手前だ。ルールなどどうでもいい。今ここで滅ぼして
やる、とユリウスはスパナを握りしめようとした。
しかし、そこでようやく本を閉じ、帽子屋は立ち上がる。
そして、嘲笑をユリウスに向け、
「葬儀屋に妙な借りを作ることは好まない。そして、そういった趣味があるのなら
話が早い。この場で支払いが済むのなら、後腐れがなくていいだろう」
「おまえ……いつまでふざけ……」
だが帽子屋の動きは速かった。
「時計屋……」
頬に触れられたかと思うと、そっと唇が重なった。

…………

何でこういうことになったのかユリウスはよく分からない。
だがいつの間にか立場が逆転している。
今、ユリウスはソファに押し倒され、何度もキスをされている。
舌がもぐり込み、何か妙な味が広がった気もした。
「…………」
薔薇の匂いがする。それと服地まで染みこんだ紅茶の匂いも。
だが本の礼と言って、こんなことをさせられてはたまらない。
「……ぁ……ん……やめ……っ……」
やっとそれだけ声を出したが、舌にかみつかれ、封じられた。
口の中に血の味が充満し、妙な味が傷に染み込んだ気がした。
そして唇の端から流れた赤を、帽子屋が舐めてニヤリと笑う。
そうしていると、まるで吸血鬼のようだ。
「おまえ、は……」
「我が腹心のこともあるし、うちの門番が何かとおまえの部下の世話になっている。
だが……それ以上におまえ自身だ、時計屋」
「……?……」
気のせいだろうか。帽子屋の声にわずかな乱れがあった気がした。
こちらの舌を舐め、顔をそむけると耳朶に触れる。その耳から聞こえる息はやはり
少し荒い。
……何かがおかしい。だが意識が少しあいまいになり、よく考えられない。
鼻腔をくすぐる薔薇の香りのせいだろうか。
「時計屋……っ」
やはり息が荒い。
もう一度、顔を帽子屋に向ける。
こちらをどこか哀しげに見下ろす碧の瞳。やはり宝石のようだ。
――きれいだな……。
不明瞭にさせられた意識でなぜかそう思う。
そして瞳を閉じ、口づけを受け入れた。

…………

…………

窓の外はやはり宵闇だった。
「時計屋……っ」
書棚に背を押しつけられ、貪るような口づけをされる。
やはり妙な味を一瞬だけ感じた。
足下には、割れた珈琲カップとこぼれた珈琲。
だが立ちのぼる珈琲の匂いに帽子屋は頓着しない。
ユリウスは抵抗しなければと思う。だがなぜか、されるがままになっている。

あのとき。
帽子屋はソファにユリウスを押しつけ、好きなだけ口づけをして、冗談だと笑い、
立ち去った。本当にそれ以外は何もなかった。
だが奴は、ご執心の紅茶の本を置いていった。

残されたユリウスは呆然と天井を見上げ、本当にタチの悪い嫌がらせだったのか、
ユリウスを××と勘違いした上での、礼のつもりだったのか判断しかねた。

それから時間帯は普通に流れ去る……はずだった。
だが、あれ以来、ときどき帽子屋が時計塔に忍んでくるようになった。
巧妙に部下や客のいない時間帯を狙って。
そして来るたびに例の紅茶の本を読み、口づけをする。
……どう考えてもおかしい。
だが、あの薔薇の香りを吸い込むと、なぜか考える力が無くなる。
もしかすると、思考を鈍磨させる何かが本当に仕込まれているのだろうか。
ぼんやりと戯れ言に思考を巡らせていると、帽子屋が襟元のタイを引き抜く。
そしてユリウスの手を強引に引っ張ると、ロフトベッドの支柱に後ろ手に縛る。
最近は口づけに飽き足らず、身体に何かしら触れるようになった。
だが時計塔の主の抵抗を恐れているのか、拘束されることが多い。
「帽子屋、もう礼は十分に……それに今回は、本は……」
ご執心の紅茶の本は、ユリウスが置いたテーブルの上から動いていない。
「黙れ」
碧の瞳に鋭くにらみつけられる。
もしかすると、紅茶を軽んずるなと威嚇されたあのとき以上に。
その瞳に見られると背中がゾクリとする。何故か何も言えなくなる。
そしてこちらの衣服も緩められていく。
下半身に手を伸ばされ、もどかしげにまさぐられ、少しずつ反応していく。
大人しくされるがままになっていると、
「いい子だ……」
どう考えても子女に言うようなことを耳元で甘くささやかれ、また口づけられた。
どこからか薔薇の匂いがかすかにただよう。
やはり薔薇の香気が悪いのだろう、とユリウスは一人納得した。

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