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■遊戯の代償・上

※R18

――柄にもないことを、するんじゃなかった。
ユリウスは心底から後悔していた。

「ロイヤルストレートフラッシュ。俺の勝ちだ、時計屋」
グレイは静かに言い放ち、ユリウスは凍りついた。
――カードは何度も確かめたはずなのに……。
ユリウスも時計屋で、手先の器用さには自信がある。
最近、国ではポーカーの一発勝負が流行っていた。
そこでユリウスは流行に乗じてグレイをカードゲームに誘った。
『負けたほうが何でもする』と言って上手いことイカサマをしかけ、グレイとの
爛れた関係を断つつもりだった。
だが仕込んだフルハウスの手札を見せる前に、グレイは涼しい顔でカードを作業台に
放り投げた。
「い、イカサマだ。一回勝負でこの手札は、どう見てもイカサマだ。トカゲ!」
「ならどう証明する? 散々俺を調べただろう?」
淡々と言われ、ユリウスは言葉につまる。
この世界では不正は正されるべきものではなく、見抜けなかった方が悪い。
だがユリウスも愚かではない。グレイがイカサマをしないように見ていたつもり
だったし、事前に厳重なチェックもしておいた。
だが昔遊んでいたというだけあって、見事にかいくぐられたようだ。
「さて何をしてもらおうか」
脚を組んで煙草を吹かし、楽しそうに思案するグレイを、ユリウスは睨みつける。
「ああ、ああ。どんなプレイでもしてやる。好きにしろ」
逆ギレ気味に言うとグレイは苦笑して、
「時計屋。お前から持ちかけた勝負だろう。負けたからと嫌そうにするな。
 全く、お前はいつもいつも俺を嫌がって……」
そこでグレイの言葉が止まる。
「ん? どうした、トカゲ」
「時計屋、その……」
グレイは何か言いづらそうにしている。
なにかマニアックなプレイでも考えたのかとユリウスが後じさりしていると、
グレイはボソボソと提案を話し出した。

「……お前、いったい幾つになるんだ」
提案を聞いたユリウスは心底呆れた顔でグレイを見下ろした。
グレイもどこか恥ずかしそうに、
「ば、馬鹿馬鹿しいことは、じ、自分でも分かっている」
「若い娘が言うならともかく、お前のような分別のある大人がそんなことを……」
「何でも言うことを聞くと言っただろう。少しくらい、いいじゃないか」
珍しく押され気味のグレイ。だが提案を撤回する気はないようだ。
「私と本物の恋人の真似事をしたい、か。何というか、本当に――」
「それ以上言わないでくれ、時計屋。余計恥ずかしくなる」
とはいえユリウスにも異議はなかった。
真っ昼間からいかがわしいプレイを強要されるより、ごっこ遊びの方が余程良い。
「それでは私たちは今から十時間帯だけ恋人同士だ。そういう遊びをしよう」
「ああ。遊ぶのは久しぶりだ。楽しませてくれ」
グレイは笑い、ユリウスを抱き寄せて口づけようとした。ユリウスはついいつものように、
「お、おい。止めろ、トカ――」
逃れようとし、グレイの視線に、約束を思い出して抵抗を止めた。
大人しく目を閉じると唇が重なるのが分かる。
「ん……」
「そうだぞ、時計屋。今だけ俺たちは本物の恋人同士だ」
ユリウスの方も仕方なく腕を回し、二人はより深く抱きしめ合う。
――本物の恋人同士、か。だがどういう風にすればいいんだ?
全く想像がつかない。だが遊戯とはいえ、自分から仕掛けたゲームだ。
敗者の義務は遂行しなくてはならない。
自業自得にしろ厄介なことになったと、ユリウスは内心ため息をついた。

「時計屋?」
クローバーの塔の執務室から出てきたグレイは、思いがけない待ち人に心底から
驚いたようだ。立っていたユリウスも気まずく目をそらしながら、グレイに近づく。
グレイの有能な部下たちは、時計塔の領主が、自分たちの上司に急用ありと見て、
気を利かして足早に散っていく。
そして二人きりになったところでグレイが改めて、というふうに言った。
「どうしたんだ。部屋から出るなどお前らしくもない」
「い、いや、その……お前もそろそろ仕事を終える頃だろうと……」
ユリウスはうつむきながらグレイの前に立つ。夢魔の部下はなおも怪訝そうに、
「ああ。そろそろ仮眠を取ろうかと思っていたが……」
「だから、その、トカゲ――お、お前を迎えに、来た」
間があった。
「……は?」
「だ、だから今、恋人同士なんだろう、私たちは」
生真面目なユリウスは、無かったフリをし約束を反故にする、という芸当が出来ない。
『恋人とは何か』を精一杯考え、結局『仕事後に迎えに行く』、という発想しか出なかった。
一緒に住んでいるわけでもないのに迎えに行くだの、我ながらワケが分からない。
だがグレイは努力を買ってくれる。優しく微笑み、
「ああ、そうだな、ありがとう。なら俺の部屋で茶でも飲もう」
そう言ってグレイは先に立って歩き出した。

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