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■引きこもりと理不尽な季節1

仕事を終え、陰鬱な監獄を歩いていたときのこと。
時計屋ユリウスは、突然、攻撃を受けた。
「っ!!」
ユリウスは受け身を取る暇もなく、監獄の床に叩きつけられた。
そして起き上がる間もなく、倒れた肩に痛みが走る。鞭を叩きつけられたらしい。
「……ぐ……何のつもりだ、ジョーカー!!」
時計屋ユリウス。彼は怒声と共に、自分を引き倒した男を睨みつける。
そして攻撃した男は鞭でヒュッと風を切り、居丈高に言う。
「目に入った!うっとうしい!殺してやりてえ!それが理由だ!」

今は監獄の所長、黒のジョーカー。
会うたびに自分に殺意のみを向けてくる、凶暴で頭の悪い男だった。
「……っ!」
今度は腹を、加減のない力で蹴られる。
ユリウスは硬く冷たい床を、玩具を散らして転がった。
「おまえ……私を殺せばどうなるか……!」
「代わりの時計屋が来んだろ?だが引きこもりのてめえよりは、マシな奴だろうよ」
ジョーカーは黒い笑みを深め、手品のように鮮やかにナイフを出す。
「ほらほら、少しは遊ばせてくれよな」
嘲笑と共に数本がユリウスに向けて投てきされる。
「くそっ……」
ユリウスは身を起こし、走り出そうとした。
が、足下の玩具を誤って踏み、まともに転んでしまった。
「あ……」
ジョーカーの声に驚きが混じっていた気がした。ユリウスもハッとする。
そして倒れたユリウスの首めがけて、鋭利なナイフがまっすぐに向かう。

そして監獄を切り裂くように、甲高い音がした。
鉄が鉄を弾く音だった。

「ジョーカー、俺の恋人にちょっかいをかけるのは止めてくれよ」

看守服のエースが、ナイフを弾いた剣を構えていた。

「……誰が恋人だ。私はおまえの上司だ」
ユリウスは先ほどからの失態を、精一杯取り繕うため立ち上がった。
「ごめんごめん、ユリウス。恋人で、上司だな」
剣はそのままに、エースは横目でユリウスに笑いかける。
「……上司、だ。前半はいらん」
他人の前で何を放言するかと、げんなりして言うと、
「あーあ、何か白けてきちまった」
ジョーカーがナイフを消し、ダラッと肩を落とす。
二対一になり、明らかに分が悪い。引くつもりなのかもしれない。
「野郎同士で気色悪ぃ……」
「…………」
反論の言葉もない。
すると剣を鞘におさめたエースが、馴れ馴れしくユリウスの肩に手を回す。
顔をしかめたユリウスが離れる前に無理に引き寄せ、
「あはは。そんなこと言って、本当はうらやましいんだろ?」
「な……!?う、うらやましくなんかねえよ!」
突然、ジョーカーが顔色を変える。
――?
エースとこのジョーカーは、それなりに気の合う友人同士ではなかったのか。
そしてエースはニヤニヤし、
「うんうん。うらやましいよな。俺とユリウスはこれから×××するんだぜ」
「……っ!エース!しゃべるな!!」
品のない言葉を口にした男を殴ろうとしたが、逆に、唇を重ねられる。
「……っ!」
目を見開く。いくら仕事仲間とはいえ、こんな男の前で。
だがなぜか力が抜ける。抵抗が出来ない。

「ん……」
促されるままに唇を薄く開くと、舌がもぐり込み、優しく口内を探る。
気がつくと看守服の部下に身体を預け、目を閉じていた。

「てめえら、いい加減にしろっ!!」

「っ!」
エースにドンッと突き飛ばされたかと思うと、眼前をナイフがかすめる。
「あ、その……す、すまない、ジョーカー」
先ほどまであったジョーカーへの不快感は、完全に羞恥心に変化した。
「私たちはすぐ出て行くから……おい、エース?」
けれどエースは剣を抜くところだった。
「俺もさ、面白くないんだよな、ジョーカー。何とかの一つ覚えみたいにさ、監獄に
ユリウスが来るたびにちょっかいかけて」
「うるせえ!ムカツクものはムカツクんだ。どうしようが俺の勝手だろう!」
ジョーカーもナイフを虚空から取り出した。
ユリウスはとばっちりを受ける前にと、慌てて離れた場所に行く。
「好きな子に弱いものイジメとか、大人がやると醜悪でしかないと思うんだよな。
なあ、いい加減にあきらめてくれよ、ジョーカー。ユリウスは俺の物なんだぜ?」
「……おい、おまえら。何の話をしているんだ?」
離れているユリウスはワケが分からない。
彼らが自分について話しているらしいこともどうにか理解する。
だが、それにしては、話が自分を素通りしている気がして仕方ない。
「うるせえ!こいつをいたぶっていいのは、俺だけだ!」
ますます意味不明なことを言い、ジョーカーがナイフを放つ。
それを笑いながら剣ではじき、猛然と襲いかかるエース。
いつ出したのやら、ジョーカーの拳銃が間近の看守を狙う。
黒と黒がぶつかりあい、剣と銃の音が監獄の鉄格子にやかましく響く。
――ええと……帰るか。
二人きりの世界に入った武闘派二人に、微妙な疎外感を覚えつつ、ユリウスは現実の
空間に帰っていった。

ああ、引きこもっていたい。

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