続き→ トップへ 短編目次

■四号店、舞踏会に代役で行く・下

白いスーツ姿のエースは、無表情のままだった。
そして唐突に、帽子屋ファミリーの輪に割って入った。
「……うわっ!」
突き飛ばされた使用人たちが驚きの声を上げる。
それも無視し、エースはまっすぐにユリウスのところまで来た。
「お、おい……」
「久しぶりね、ハートの騎士」
だが騎士は、帽子屋ファミリーの女ボスに、あいさつ一つしない。
代わりにアリスの肩をぐいっと押し、やや強引にユリウスから引き離した。
「きゃあっ!」
アリスは悲鳴をあげ、後ろに下がる。
声が少々ワザとらしい上に、さりげなくユリウスの反応をうかがっているが……。
「てめえ!うちのボスに何しやがる!!」
しかし2はだまされたようだ。銃を抜き、アリスをすぐさま背にかばう。
だがエースは無視してユリウスの手首をつかむと、こちらは手加減せず、強引に
引っ張った。
「……おいっ!」
「行こうぜ、ユリウス」
ようやくアリスから離れられたが、手首が抜けるかと思った。
そして迷子騎士の登場とあって、双子の門番は斧を構える。
「ボスの恋路を邪魔するなんて、騎士の風上にも置けない奴だよね」
「帽子屋ファミリーと中立地帯が、仲良くするのは困るってコト?
でもハートの城にしちゃ、やり方がスマートじゃないよね」
……どうやらエースの介入については、権力争いの延長と解釈してくれたようだ。
幸い、エースも誤解を解く気はないらしい。チラッとアリスを見、
「催しで争いは御法度なのがルールだぜ、帽子屋さん?」
アリスはすでに、余裕の態度に戻っていた。
「たまには破ることもあるわ。特に、譲れないものが絡んでくれば、ね」
長い髪をかきあげ、ユリウスを見る。だがユリウスはそれを無視した。
すでに少なからぬ数の注目を惹いている。
表面上、とどこおりなく舞踏会は進行しているが、不穏な空気はすぐ伝わるものだ。
「ユリウス。それじゃ、行くか」
「……その前に手を離せ」
睨みつけるとエースは、意外と素直に手を離す。
そしてユリウスはアリスに目だけで礼をすると、先に立って歩き出した。
エースも後ろからついてくる。
「その人は『一号店』よ。分かってるの?」
アリスの姿をした帽子屋のボスが後ろから言う。
だがエースは返答しなかった。
「また会いましょう、お兄さん」
やけに確信的なアリスの声が、後ろから聞こえた。

…………

硬い廊下に靴音が響く。
ユリウスはにぎやかな会場を出、出口に向けて城を歩いていた。
――とにかく、舞踏会に参加はした。
役持ちとしての責務は果たしたのだ。あとは時計塔に帰るだけだ。
だが、懸念材料が一つある。
自分の後ろに、遅れてついてくる靴音があった。
ついにユリウスは立ち止まり、エースを振り返った。
「……おい。いつまでついてくるんだ?」
「んー?」
ハートの騎士はまっすぐにユリウスを見ている。
エースはいつの間にか、舞踏会の白スーツから平時の赤コートに戻っていた。
だがその表情には依然として笑顔はなく、何か言葉を発するでもない。
まるでユリウスからの言葉を待っているようだった。
――マズイな。
あからさまに疑われている。
かといって、このまま二人で、無言の旅路を続けるわけにもいかない。
時計塔までストーキングされ、時計屋四人がそろっているところを見られたら少々
どころではなく、厄介なことになる。
仕方なくユリウスは『一号店』を演じようとした。

「その、何だ。感謝する。『俺』はあの女が苦手で……」
「…………」
「ほ、本当に、どいつもこいつも仕方がない。
義務だから仕方なく来てやったが、早く時計塔に帰って仕事をした……」
言いかけて、慌てて咳払いする。エースは無言のままだ。
「あ、ああ、眠い。舞踏会など退屈だ。早く帰って眠りたいな」
わざとらしく、あくびをし、寝ることが趣味だった怠惰な時計屋を真似ようとする。
「……別に寝るのなら、ここでもいいんじゃないか?」
エースが言った。どこか冷ややかな、笑みのない声だった。

「……冗談がキツイぞ、『俺』は三号店ではない」
「客室で寝るって意味だけだぜ?何、勘違いしてるんだ?『一号店』。
それとも、俺に何か期待してた?」
笑みは笑みでも、小馬鹿にしたような笑みが返ってきた。
「…………」
怒ればいいのか、恥じればいいのか、一瞬分からなくなる。
やはり騎士は騎士で、元の世界と似て非なる存在だ。

――エース……。

ふと、あの笑顔を思い出す。ふいに、この異世界が色あせていくのを感じた。
自分とそっくりの時計屋たちも、元の世界とは異なる役持ちたちの謎も、何もかもが
どうでもよくなってくる。
ユリウスは、もう一度森のドアを連想した。

――このまま、行ってしまえるだろうか……。

ためらいはない。やり残したことはなく、逆に何か為したわけでもない。
そのうち去って行く存在と互いに知っているのだから、別れの言葉も必要ない。
そしてユリウスは、ポケットの中の『小瓶』に触れる。
無駄に過ごしているうちに、もうかなり、中身がたまってしまった。
あまり猶予は残されていない。

――帰ろう。あいつのところに。

今度こそ明確にイメージすると、ユリウスは顔を上げる。
「――っ!」
殺気を感じ、とっさに後ろに下がる。その眼前を白刃がよぎった。
あわてて後ろに下がり、襲撃者から距離をとる。
「『エース』……っ!何のつもりだ!!私は時計屋だぞ!」
物思いに集中していて、気づかなかった。
いつの間にかエースは刃を抜いていた。
そしてそれが狙う先は、間違いなく自分だ。
「『私』、ねえ……」
ユリウスは失言に気づいた。
だが『帰る』と決めた以上、そんな失敗は些末なことだ。
「私に何かあれば三号店が黙ってはいない!それを分かっているのか!?」
「黙っているさ。時計屋は時計屋同士で、領土争いをしてるんだぜ?」
だがエースは剣を構え直し、ユリウスを冷たく見すえた。
舞踏会の会場は遠く、メイドも兵士も、もちろん役持ちも会場の中だ。

そしてエースは言う。低く、冷たく、笑みを消した顔で。

「おまえは……誰だ?」

3/3

続き→

トップへ 短編目次

- ナノ -