続き→ トップへ 短編目次 ■四号店、舞踏会に代役で行く・中 「おまえさ、本当に一号店……なのか?」 三月ウサギの……不審、とまでは行かないが不思議そうな目が自分を見下ろす。 ――マズい……。 ユリウスは帽子屋ファミリーの視線を受け、懸命に平静さを取り繕った。 「あ、あ、当たり前だ。『俺』が一号店でなければ誰なんだ! 舞踏会なんか面倒くさい!『俺』はさっさと帰って眠りたい!」 ヤケになり、必死に一号店の口調を再生する。 すると双子の門番が顔を見合わせ、 「やっぱり一号店だね。少し余裕がない感じだけど」 「ちょっと真面目キャラに変わってるけどね。兄弟」 双子はまだ疑わしげだ。だがアリス=リデルは、 「宗旨替えしたんじゃないの?私は今のムッツリしたお兄さんの方が好きよ?」 助け船を出してきた。 けど代わりとばかりに、ツツーっとユリウスの横に立つと、そっと腕を取る。 「お、おい、何を……」 ふわりと甘い、薔薇の匂いがする。ユリウスは顔が紅潮するのが分かった。 「エスコート、して下さるわよね?」 ゆるやかに体重をかけてくる。完璧な上目づかい。潤んだ瞳、栗色の長い髪。 これで落ちない男がこの世にいるだろうか。 「いや、その、私、いや『俺』は……」 なおもボソボソと言いよどんでいると、 「いいじゃねえか。うちのボス、ルートを変えてまであんたに会いに来たんだぜ?」 ――おい……。 あの三月ウサギが、何と帽子屋と時計塔の仲を受容するような発言をした。 「仲良きことは美しきかな、だね。兄弟」 「中立地帯と懇意になったら、いろいろ優遇してもらえそうだしね」 双子は、歓迎とは行かないものの、何やら打算的な発言を交わしている。 「……そうなのか?おまえの気味悪い態度も、私を利用するためか?」 いっそその方が、精神安定のためありがたいが。 アリスを見下ろすと、アリスは純真無垢を装った笑顔を悲しそうに歪め、 「ひどいわ、お兄さん。私はお兄さんの前でだけは、一人女の子でいたいのに」 「え?あ、ああ、それはすまなか……」 「でもお兄さんがいろいろ便宜を図ってくれるなら……サービスしちゃうかも?」 ギューッと腕にしがみつきながら、いけしゃあしゃあと癒着目的を肯定する。 とはいえ、アリスは本当に楽しそうだ。全部が全部、演技というわけでは無いらしい。 しかし、色仕掛けをする一方で、組織の利益も頭から外さない。 この器用な思考は、やはりアリスというよりブラッドだ。 だがなぜ『ブラッド』ではなく『アリス』なのだろう? 「行きましょう、お兄さん」 腑に落ちない思いを抱え、ユリウスはアリスたちとともに、ハートの城に向かった。 ――いったい、ここはどういう世界なんだ? ………… ×時間帯後。 華やかな舞踏会会場で、ユリウスは早くも顔を青くしていた。 会場についた時点で正装になったが、気分まで変わるわけがない。 「……気分が悪い」 着飾った招待客、招かれざる客がうっとうしい。 無駄にきらびやかな照明に、狂気的なハート乱舞の内装。どこまでも不快だ。 人酔いしたユリウスが壁にもたれ、呼吸を整えていると、 「あら、お兄さん寝不足なの?」 「……おまえか」 いつの間にか、可愛らしいドレス姿に着替えたアリスが立っている。 そして深紅の液体が注がれたワイングラスをこちらに差し出し、 「飲んだら楽になると思うわ。どうぞ」 「いや、いい……気遣いに感謝する」 首を振り、辞退した。アリスは気を悪くした様子もなく、ワインを片づけさせる。 「ふふ。一号店のお兄さんも、舞踏会では調子が崩れるのね」 ……やはり装えていないらしい。 ――だいたい、私に一号店らしく振る舞え、という方が無理なんだ! 本来はこの世界の時計屋が果たすべき責務。何だって異世界の自分が……。 ブツブツと、心の中で文句を垂れていると、 「なら……舞踏会の前に、客室で休んじゃう?」 アリスの顔が目の前にあった。これは知人の距離ではない。 「……っ!」 「お兄さん、寝るの大好きだものね。私も一緒に休みたいわ」 「い、い、いや、その、い、い、今は昼間で、私は、その……」 「開会までのお昼寝よ。少しくらいいいじゃない」 もはや一号店の演技など、思考の彼方に吹き飛んでいる。 「ね?そうしましょう、お兄さん」 アリスはユリウスの腕を取ると、強引に歩いて行く。 「ま、待て、アリス!!」 ――この強引さ……やはり本来の中身は、ブラッド=デュプレなのか!? と、現実逃避してもどうにもならない。 自分が圧倒的に有利なはずなのに、現実の状況は真逆だった。 「それとも……『ここ』でもいいわよ?」 アリスがチラッと、会場の隅を見る。 そこに、狭い通路があり、会場からは死角になっていた。 だからといって人目がゼロなはずがない。 変な動きをしていれば、通りがかる者の注意をひいてしまうだろう。 「そうよ、そうしましょう」 アリスはそう言って、ズカズカ自分を引っ張っていく。 「ま、待てアリス!嫁入り前の娘が、そういう、はしたない事をするものではない」 「大丈夫よ。見張りをつけておくし、気づいた奴は始末するわ」 アリスは先ほどから、側に控えていた部下たちを見やる。 「おう、まかしとけ、頑張れよ!」 「舞踏会が終わったら、帽子屋屋敷に引っ越してきてね、時計屋」 「それで帽子屋ファミリーにいろいろ利益を回してね〜」 アリスの視線を受けた三月ウサギや双子が、ユリウスを激励する。 ――……狂っている。 元の世界とは別の意味で狂っている。 こんな狂ったハートの国など、もう一時間帯たりともいられない。 ユリウスが茫然自失のまま、物陰に引きずり込まれようとしたとき。 「ちょっと待ってくれよ、帽子屋さん」 ――……っ!! 振り向くと、ハートの騎士が立っていた。 その顔に、笑顔はなかった。 2/3 続き→ トップへ 短編目次 |