続き→ トップへ 短編目次

【登場人物】
四号店(ユリウス)……主人公。時計屋が三人いる世界に来た『余所者の時計屋』。
一号店……サボリ魔。よく寝てる。
二号店……ちんまり。妖精さん。
三号店……いじめられっ子、不器用、無表情。

■四号店、舞踏会に代役で行く・上

時計塔の窓の外は、悔しいくらいによく晴れていた。
「はああ……」
ユリウスは窓枠を握りしめ、深く深くため息をつき、うなだれた。
「不景気な顔をしてるな、四号店!これから舞踏会なんだぞ!」
小さな手で頭をポンポンと叩く(つつく?)のは、やけに小さい二号店。
そう。元の世界に戻ろうと、死ぬほど『望む場所につながる扉』をくぐりまくった
にも関わらず。ユリウスは未だに元の世界に戻れていない。
「その、お気をつけて……」
ボソボソと、遠慮がちに声をかけてくる三号店。
作業台で時計修理をしているが、相変わらず子供が工作しているような不器用さだ。
一号店は……ベッドで爆睡している。
「行きたくない。閉じこもっていたい……」
四号店ことユリウスは、陰鬱につぶやき、うなだれる。
異世界に来てから、ろくなことがない。
この世界の時計屋は役持ちの責務を果たしていない。
ゆえに周囲から馬鹿にされているのに、ろくなプライドもなく更生もままならない。
自分はというと、そんな世界に迷い込み、本来は余所者が持つ『小瓶』まで現れて
しまった。このままでは帰れない可能性すらある。
そんな懸案が解決していないのに、今度は正体を隠し、舞踏会に出ろと来た。

「いいか、四号店。おまえは『一号店』として振る舞うんだ」
出かける前からドンヨリと落ち込んでいると、二号店が騒々しくわめく。
一号店とは、寝てばかりで何もしない最悪の時計屋だ。
あんな本来あるべき『時計屋』の対極に立つような男、真似るなどとんでもないが。
「それなら、三号店でも真似ていた方がマシだ!」
「でも、その、自分を真似ると……その……」
三号店が蚊の鳴くような声で言う。
「…………」
分かっている。三号店はこの世界のエースと『そういう』関係にあるらしい。
舞踏会で絡まれたら厄介だ。といって二号店は騒々しすぎて真似るに真似られない。
ゆえに消去法で一号店を装うしかないわけだ。
「せいぜい頑張れ、異世界の時計屋。私たちの名誉のために!」
「が、頑張ってください、四号店さん……」
「はあ……」
情けない時計屋たちに応援され、ユリウスは観念して立ち上がる。
とにかく、一号店を演じきることだ。舞踏会会場では誰とも会話をしない。
苦痛に満ちた何時間帯かを乗り切り、すぐさま時計塔に戻り、元の世界に戻る方法を
考える。それしかない
「では、私は行ってくる。おまえたちは修理技術の向上に努めるように」
ユリウスは腹をくくり、立ち上がった。だが……
「違う違う、一号店はもっとがさつな物言いだ、四号店!」
「じ、自分のことを呼ぶときは『私』ではなく『俺』です、四号店さん……」
……早くもダメ出しを食らった。

…………

そして、ハートの城に向かう道中で。

「……なぜ、おまえがここにいる」
「あら、お兄さん。こんなところで出会うなんて奇遇ね」
耳にかかる髪をかきあげ、片目をつぶってきたのは、本来ならいないはずの少女だ。
なぜかこの世界の『役持ち』として、自分の前に現れた。
帽子屋ファミリーの頼もしき女ボス『アリス=リデル』。
後ろには、帽子屋ファミリーの面々もしっかりお供に連れている。
「……なぜいきなり現れた」
ユリウスは半眼で問うた。
位置関係から言って、時計塔と帽子屋屋敷の順路がかぶるなどあり得ない。
すると少女は腕組みし、可愛らしく小首をかしげる。
「そうね……恋?」
「な……っ!?」
思いもよらない答えに真っ赤になって後じさる。すると、
「ぷ……!やだ、お兄さん。冗談よ!可愛いわね!」
アリスは吹き出し、くすくす笑う。
「お、おまえ……!」
「うふふ。ごめんなさい。お兄さんに会って緊張しちゃったみたい」
そう言う割に、こちらを見る瞳は余裕そのものだ。

――……しかし……。
ユリウスは思う。どうも違和感がある。
ユリウスが元の世界で接していた少女は、もう少し初々しかったし、言い方は悪いが
性格も暗く、少しひねくれていた。
だが目の前の少女は、いかにもといった感じの小悪魔だ。
そして、ユリウスの脳裏にフッと、世にも恐ろしい考えが浮かぶ。

――まさか、こいつ。アリスなのは外見だけで、中身は『帽子屋』……?

背筋をゾーッと、悪寒が駆け上がる。
――い、いやいやいや!!
ユリウスはすぐ頭を必死に振り、おぞましい考えを追い払った。
冗談ではない。もしそうなら最悪中の最悪だ。
その推測を受け入れるくらいなら、全ての疑問点を無視し、『理屈は謎だが余所者が
役持ちをやっている』ことにした方がマシだ!!
頭を抱え、煩悶していると、
「なあ……やっぱ一号店さ、ちょっと変じゃね?」
気がつくと三月ウサギが、不思議そうに頭を撫でていた。
「おい、触るな」
ムッとして手を振り払う。すると三月ウサギは首をかしげ、
「だって三号店の野郎ならオドオドしてるし、二号店なら、時計修理でもない限り
小さくなってるよな。でも、おまえさ、本当に一号店……なのか?」
――マズい……。
ハートの城に着く前からバレそうになり、背筋に冷たい汗が流れた。

1/3

続き→

トップへ 短編目次

- ナノ -