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■四号店、舞踏会に代役で行かされることになる・下

森の鳥たちが一斉に飛び立ち、ネズミも飛び上がる。
「ち、ちゅうっ!?」
ピアスは慌てて飛びすさり、弾丸の飛んできた方向を見る。
すると、木立の間にユリウスと同じ顔の男が立っていた。時計屋三号店だ。
いつものオドオドした様子がなく、まなざしは冷徹だった。
今は何も言わず、手に持った銃でピアスを狙っている。
するとピアスはじりじりと後ろに下がり、悔しそうに、
「さ、三号店。き、騎士がいなかったら、おまえなんて怖くも何ともないんだぞ!」
負け犬、いや負けネズミのような捨てゼリフを吐き、ピアスは逃げていった。
「忘れないでよ。君は俺のものなんだからね!」
最後にユリウスに遠くから叫び、気配が遠ざかっていく。

足音が聞こえなくなり、ようやくユリウスは肩を落とした。
「……助かった」
三号店は銃をしまい、茂みをかきわけてユリウスの方へ歩いてきた。
うつむいてさえいなければ、異世界の時計屋の中で、誰よりも似ている。
双子ではないが、全く同じ服、同じ顔が二人並ぶのも奇妙なものだ。
「すまないな、三号店」
「……通りがかりましたので……」
声をかけられ、緊張したのか、いつものようにうつむきがちにボソボソ話す。
「ああ。次はもう少し、おまえか一号店を装うようにしよう」
それがいい、とばかりに三号店はうなずいた。
そして時計塔の方を向いて、またユリウスを見た。
意味は言われなくとも分かる。
「わかった、時計塔へ戻ろう」
三号店は少し微笑む。
「…………」
鏡を見ている錯覚を起こすほど、よく似た顔が笑うと、申し訳ないが少し怖い。
ユリウスは三号店の後ろについて歩き、三号店の背をしげしげと眺めた。
自分の後ろ姿というのは初めて見る。コートのなびき具合や、長い髪が
揺れる様を何となく新鮮な思いで眺め、
――……?
ふと三号店の首筋に何か赤いものが見えた気がした。
ユリウスは目をこらし、もう一度よく見ようとする。
そのとき、折悪しく時間帯が夕刻に変わった。
あまり近寄っては不審がられてしまう。ユリウスは内心舌打ちした。
そういえば、三号店は通りがかったと言ったが、こんな森の奥に何の用事だったのだろう。
そして先ほどネズミは捨て台詞を吐いた。
『騎士がいなかったら、おまえなんて怖くも何ともないんだぞ!』
そして首筋の赤い小さな傷。
そういえば件の騎士に、以前三号店と間違われたとき――
「…………」
複雑な、本当に複雑な感情が心の奥底からこみあげる。
――た、他人だ。私と三号店は赤の他人だ。この世界でこの世界の騎士とどういう
関係だろうと、どうでもいいことだ。
何とか自分を納得させ、三号店の後に続く。そのとき、
――……そういえば、あいつは今頃どうしているだろう。
背を預けることを許した男の姿が脳裏に浮かぶ。
ふと、何とも言えない感情がユリウスの胸にわいた。
ユリウスは立ち止まる。
なぜか知らないが、今、扉を開けたら違う光景が見られる気がしたのだ。
「……何か?」
三号店が振り返り、怪訝そうにユリウスを見た。
「あ、いや。その、悪いが、先に帰ってくれ。用事があるんだ」
「…………」
三号店は黙った。
「…………」
三号店はじっとユリウスを見ている。
「………………」
そろそろ目に涙でも浮かびそうだった。
「……………………」
――何で……そんな捨てられたことを悟った子犬のような目をしているんだ……。
目尻に涙を浮かべながら、必死でこらえてる感がいっそ痛々しい。
「四号店さん」
三号店が、静かにユリウスの両手を自分の両手で包む。そしてうつむきながら、
「あなたが元の世界に早く帰らなければいけないことは、分かります。でも……」
その先が言葉にならないのか、同じ顔の男は静かに肩を震わせる。
……限界だった。
「わ、分かった、分かった。今は行かない、とりあえず塔に戻ろう。な?」
必死でなだめて、手を引いて時計塔に歩き出す。
――全く手のかかる。そういえば元の世界の奴もどうしようもない男で――
そうしているうちに、わずかに生まれた元の世界への郷愁はとっとと霧散してしまった。

…………

こうして、ユリウスの何回目だか何十回目だか分からないドアの挑戦は、
眠りネズミと三号店に会っただけで終わった。そして――
「舞踏会?」
ユリウスは一号店を凝視する。
時計塔で三号店と別れたあと、ユリウスは一号店の部屋に来ていた。
ソファを占領する時計屋一号店は、億劫そうに寝そべりながら、
「そうだ。面倒だが一応参加するルールだ」
「こちらでもやはりそうか……大変だな」
珈琲を飲みながらユリウスは同情した。催し物に参加しなければいけない苦痛は
十分すぎるほど理解出来る。だが一号店はユリウスを見上げ、

「何を言ってるんだ。おまえが行け」

「……は?」
一号店は当たり前だと言わんばかりに邪悪に笑い、
「二号店は出たがるだろうが、特定の奴に、さらわれるから危険で出せやしない。
三号店は人の多い場所じゃ、気分を悪くして卒倒しかねん。だから、いつもは渋々
俺が行っていたわけだが……そこに今回はおまえが来た」
「ち、ちょっと待てっ!私は異世界の時計屋だぞ!?」
「んなもん、あのごちゃごちゃした会場じゃ分からないって。
出るだけ出て、さっさと帰ってくればいいだろう。
ああ、お持ち帰りされないように気をつけろよ」
気楽に笑う一号店に、ユリウスは怒鳴る。
「断るっ!この世界の催しはこの世界の時計屋が行くべきだろう!」
「おまえ、居候だろう?」
「…………っ」
反論出来ないことを言われ、言葉に詰まる。一号店はそれを見逃さず、
「心配するな。あんな役持ちが片端から集まるような会場で、おまえみたいな陰気な
男に注意を払う奴なんかいない。よほどのことが無い限りバレやしないって」
そう言って悪魔のように笑った。
「ただ、騎士だけは気をつけろよ。
おまえにちょっかい出す可能性がある奴がいるとしたら、そいつだけだ」
「…………」
言わんとすることは十分すぎるほどに分かる。

こうして、時計屋四号店の舞踏会参加が決定された……。

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