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■四号店、舞踏会に代役で行かされることになる・中

ユリウスはふらふらと陽光さす森を歩いていた。
ドアの森から、帰るところだった。

あれからの、話し合いはほとんど進展がなかった。
何しろ、ユリウスには元の世界に帰る意思がある。
元の世界に帰る方法はハッキリしている。
それだけに、方法が考えつかない。
一号店は『まあがんばれよ』と、珈琲を丸三杯飲んだのに、すぐ寝てしまった。
二号店は『水がたまったら流しに捨てればいい』とか怪しい解決策ばかり口にする。
三号店は心配そうな顔でオロオロし、逆に落ち着けと諭される始末だった。
だが一人になると、ユリウス自身にも不安がのしかかった。
この件に関してだけは誰にも頼れない。自分自身の問題だ。

――難しく考えるな。ただ帰りたいと思って、ドアを開けるだけでいい。

簡単なことだ。別れの挨拶だの、名残惜しいだの悠長なことを言ってられない。
時間帯が変わらないうちに、時計塔を出てドアの森に行った。
そして何度も何度も(中略)何度も扉を開けてみた。が、
『あらお兄さん。来てくれたの?すぐお茶の用意を――』
『四号店。俺に会いたかったのか?だが俺は眠くて――』
『二号店じゃないのか。二号店は?二号店の檻を買ったんだが二号店は――』
元の世界に遭遇することはなかった。
「それに、なんだってこう、どうでもいい連中にばかり会うんだ」
そうしているうちに時間帯も変わり、ドアを開ける手も疲れて諦めた。

森の中、ユリウスは木にもたれてうめく。
自分はそこまで、元の世界を嫌っていたのだろうか。
――そんなはずはない。あちらの世界にだって良いことは……良いことは……
『葬儀屋だ。行こうぜ』
『坊や!その人のそばに近づいちゃダメ!』
『くたばれ、時計屋ぁっ!!』
「…………」
何となく、考えてはいけない気がして、ユリウスは思考を停止させる。
とにかく元の世界には自分にしか出来ない仕事がある。
それだけは確かだ。
完全なタイムリミットにはまだまだ猶予があり、その間に何千回でも挑戦出来る。
例え一万回失敗しようとも、ただ一度だけ元の世界に通ずればいい。
そう自分を安心させると、ユリウスは木の根元に横になった。
ずっと森で悪戦苦闘し、腕も痛いがとても眠い。
「少し休むか……」
そして、ゆっくりと目を閉じた。

…………

ちゅうちゅう、と耳元でネズミの声がする。
――……ネズミ?
嫌な予感がして、ユリウスは薄目を開けた。そして緑の瞳と目が合う。
「う、うわっ!!」
すると、相手も驚いたのか飛び退いて――後ろにすっ転んで地面に頭をぶつけた。
「うう。い、痛いよう……」
「眠りネズミか」
寝起きのユリウスは、不機嫌に言って身体を起こした。
それは鮮やかな緑の瞳を持つ、眠りネズミのピアス=ヴィリエだった。
どうやら眠ってるユリウスに顔を近づけて様子をうかがっていたらしい。
「だ、だ、だって、お、落ちてるんだもん。死んでるか確認しようと思って」
「死んでいるわけがないだろう!」
相変わらずとんでもないことを言うネズミだ。
とはいえ寝ている最中に、銃弾を撃ち込まれるよりは幸運だった。
少し警戒心が足りなかった……と反省しつつ起き上がると、
「じ、じゃあ、お、俺のものだね。時計屋さん、俺のものだね」
「――はあ?」
振り向くと、ピアスが目をキラキラさせながらユリウスを見ていた。
――おい、またか……?
ゾワリと悪寒が背筋を上る。
しかしネズミは腕を絡め、ユリウスに頭をこすりつけてくる。
ピアスはニコニコしながら、
「嬉しいな。一号店か二号店か分からないけど、時計屋さんが俺のもの!」
「おい、気色悪いから顔を近づけるなっ!!」
躊躇なく顔を近づけてくる眠りネズミを押し返し、ユリウスは怒鳴る。
だが眠りネズミは嬉しそうに、懐から瓶を取り出し、
「じゃあ時計屋さん。この全然怪しくない薬を飲んで!」
「おまえ、巣に連れ込むつもりか?断固断る!」
嫌な予感しかしない。
「ええ?来てくれないの?時計屋さん、俺のものなのに……」
すると深い緑の瞳に、憂いと、そして苛立ちが濃くなる。
「俺のものなのに言うことを聞いてくれないんだ。俺のものなのに」
――まずい……。
このネズミは自分に否定的な言葉に過剰反応する。空気は急速に悪化していった。
ピアスが手を離し、ユリウスから距離を取る。
いつ取り出したのか手にはノコギリを持ち、じりじりとこちらの隙を窺っている。
「なら、言うことを聞いてもらえる身体にすればいいよね」
この狂気を内包するネズミが今何を考えているか、想像したくもない。
――ネズミごときと油断したか……。
誰も彼もが自分に好意を抱く状況に、頭のネジが緩んでいたとしか思えない。
異なる点も多いが、ここは元の世界と同じ、銃弾飛び交う赤と黒の世界だ。
ユリウスはスパナを銃に変え、ネズミに向き合った。
「私を甘く見るな!」
……だが、無能者が帽子屋屋敷の汚れ役を任されるはずがない。
ユリウスの頬に汗が一滴流れる。果たして無傷でいられるだろうか。
「俺のものなら……何をしてもいいよね」
ユリウスの動揺が表に出たのだろうか。ネズミは緑の瞳を狂気に染めてニヤリと笑い
身を低くし、今にも飛びかかろうとし――銃声が響いた。


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