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【登場人物】
四号店(ユリウス)……主人公。時計屋が三人いる世界に来た『余所者の時計屋』。
一号店……サボリ魔。よく寝てる。
二号店……ちっこい。妖精さん。
三号店……いじめられっ子、不器用、無表情。

■四号店、舞踏会に代役で行かされることになる・上

草木も眠る、夜の時間帯のことだった。
沈静なる時計塔では、長い長い階段を、三段抜かしで駆け上がる男がいた。
彼は恐ろしい勢いで一つの部屋の扉を開けると、息を整えもせず大声で怒鳴る。

「おい、起きろ、時計屋一号店!!」

ユリウスが叫ぶも、ロフトベッドから聞こえるのは呑気な高いびきのみ。
いつもなら呆れ果てて早々に諦めるユリウスだが、今回ばかりは譲れなかった。
「起きろっ!このごくつぶしがっ!」
ロフトベッドを駆け上り――ベッドの主の襟首をつかんで揺さぶった。
その勢いにあてられたのか、寝間着姿の一号店はようやく目を開けた、
「よ、四号店!?ちょっと待て、確かに俺は夜這いしたくなる美青年だが、初めて
だから優しくしろというか、こちらにも心の準備というものが――」
「何の話をしているんだ、おまえは!!」
寝ぼけている相手の頭を、容赦なくどつく。
「い……いってぇな」
一号店は涙目で頭を押さえ、そしてようやく目が覚めたのか、機嫌悪そうに、
「四号店か。いきなり何をする」
とユリウスを睨みつけた。しかしユリウスは無言で、あるものをつきつけた。
いつの間にか持っていたハートの小瓶だ。一号店は半眼でしばらく小瓶を見、
「……っ!」
ようやく意味が分かったのか、ほんの少し目を見開いた。

…………

夜の作業場には、四人の時計屋が集まっていた。
「俺が思うに、おまえにとって状況はあまり良くないな、四号店」
珈琲を飲みながら、一号店は(相変わらず寝間着姿のまま)足を組み、だらしなく
ソファにもたれていた。
「そうなのか?一号店!」
無駄に元気な二号店が、三号店の肩でわめく。
「…………」
大人しい三号店はソファの近くに立っている。
そして、心配そうにユリウスと一号店を見比べていた。
「やはり、おまえもそう思うか」
ユリウスは作業台の椅子に座り、珈琲を飲みながら言った。
一号店は小瓶を物珍しげに手の中で転がすと、二号店と三号店に放り投げる。
すると二人の時計屋は好奇心の塊になって、何やらいじりだした。
何とか瓶を開けようとしている。
「……堅いな。三号店、もっと力を入れてみろ!」
「よせよせ。そいつは力ずくじゃ、開けたり壊したり出来ないものだ」
一号店は手を振って、二人を止める。
そして珍しく真面目な顔でユリウスを見ると、
「その小瓶は余所者だけが持てるアイテム。満たされるものは『心』だ。
だが『心』は本来、俺たちにはないものだ。
役持ちが持ったところで、元から空洞なのに中身など出来るわけがない。だが……」
一号店は言葉を切る。ユリウスも小瓶を見た。二号店が両腕で抱える小瓶には、
かなり濁ってはいるが、ほんのわずかに液体が入っていた。
「中身が出来はじめていると?」
一号店はうなずき、三号店に命じ、小瓶を自分の方に放らせた。
そして空中でキャッチすると、ほんの少し入った液体を灯りにかざす。
「これは重大な事態だ。役持ちにとって本来あってはならないことが起こっている。
小瓶自体は異界に来た影響と説明をつける。だが中身が形を得たことは……」
ユリウスは頭痛をこらえながら一号店の推測を聞いている。
いつか、とある少女が同じ小瓶を持っているのを見たことがある。
そのときは抗いがたい魅力を持つ美しいものに思えた。
だが、こうして自分が持つとなると不気味にしか感じない。
「この世界の時計屋。おまえたちは、その小瓶が満ちたとき、どうなると思う?」
「…………」
「…………」
二号店と三号店は顔を見合わせ、何も言わない。見当がつかないといった顔だ。
「一号店、どうなると思う?」
ユリウスは仕方なく同じ事を一号店に聞いた。寝間着姿の時計屋は無表情に、
「それはもちろん、おまえの『心』が形を為したということだろう」
そして一呼吸置く。
「おまえは元の世界の役持ちたちと異なる存在になりつつある。
そんなおまえを、果たして元の世界が受け入れるかは大いに疑問だな」
一号店は容赦なかった。

「小瓶が満杯になった時点で、おまえが元の世界に帰る道は絶たれるだろう」

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