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■四号店、トカゲと夢魔に会う・中

ユリウスは沈黙の誓いを早々に放棄し、口を開いた。
「トカゲ。気持ちはありが……たくないが、私は時計屋だ。
時計修理の役を放棄する気はない」
そう言うと、トカゲは切なそうにため息をついた。
「一生懸命で可愛い……」
そう言って頭をつつかれた。さすがにムッとしてトカゲを精一杯睨みつけ、
「馬鹿にするな!私は時計屋ユリウスだぞ。可愛いだの侮辱は許さないと思え!」
そう言うと、トカゲはますます頬を染め、
「虚勢を張ってる姿も癒やしだ。ああ、可愛い。やっぱり飼いたい……」
「!!」
――『飼いたい』と言い切った……。
だがトカゲはすっかり顔を緩ませ、
「時計屋、こんなところまで飛んできてお腹が空いただろう。エサでも食べるか?」
――エサ。
だんだんツッコミが追いつかなくなってきた。
だが下手をすると眠り薬でも盛られて、目覚めたら鳥かごの中かもしれない。
「い、いや、いい。それじゃあ。私は帰るから」
慌てて飛び立とうとすると、すぐにつかまれた。
「いいじゃないか。ゆっくりしていけ」
「いや、本当に帰る!帰るからっ!」
だが暴れても叩いてもトカゲは、小鳥につつかれた程度にしか感じていないらしい。
むしろわざと手をゆるめて、ユリウスの暴れる様子を楽しんで笑っている
絶望的な気分になりかけたとき、私室の扉が勢い良く叩かれた。
「グレイ様!おられますか!?」
するとトカゲの顔つきが変わった。
たった今までやに下がっていた顔はどこへやら。
すぐさま起き上がり、鋭い表情になる。
「何だ?」
「はっ!先の案件について、ナイトメア様よりお呼び出しです」
「わかった。すぐ行く」
「はっ!」
部下が走って立ち去ると、トカゲは素早くコートを羽織り、ネクタイを締め直し、
身なりを整えた――ご丁寧にユリウスをつかんだまま。
ユリウスは抗議しようかと思ったが、動きを止める。
――いや、夢魔に会えるのは都合がいいか。
こちらの夢魔は仕事熱心らしい。
いろいろとズレのあるこの異世界について、詳しい話が聞けるだろう。
「トカゲ、わかった。逃げないから、物扱いは止めてくれ。私も夢魔に話がある」
「そうだな。なら肩に乗ってくれ。おまえとのことをご報告するのだしな」
「…………」
なぜだろう。ごく普通の言葉のはずなのに、トカゲは顔を赤らめ、何か照れくさそう
だった。さながら『婚約者との結婚を上司に報告する』ような雰囲気で。
ぞわぞわする背中を押さえ、ユリウスはふわふわ飛び、トカゲの肩に乗った。
すぐにトカゲは颯爽と歩き出し、部屋を出た。

時間帯は昼に変わり、塔も明るい。
座っているうちに景色が流れるように進んでいく。
――なるほど。自分で歩かないというのも楽でいいな。
ユリウスは感心する。
二号店は何かと人の肩や手に乗りたがる奴だったが、その理由が何となく分かった。
今度、自分が二号店の肩に乗って、乗り物扱いしてやろうと考える。
――い、いや、そうではない。帰るんだ、私は。
トカゲの方はごく普通に話しかけてきた。
「それで、三号店は相変わらず腕が上がらないのか?」
「ああ、例によって例のごとしだ。本当にどうしようもないというか……」
「一号店がああだからな。時計塔も大変だと同情する。早く治るといいな」
「そうだな。まったくいつもいつも……」
そして適当に話を合わせるうちに、ナイトメアの執務室についた。
――異世界の夢魔か。
こちらの夢魔は有能らしい。
だが読心能力はあるにしても、こちらからの説明は必要だろう。
どこからどう話したものかと考えているうちに、トカゲが挨拶をし、執務室に入る。
執務室は元の世界と全く同じだ。
そして最高権力者の席に座す夢魔は、元の世界と――

全く同じに、吐血して床に倒れていた。

「ナイトメア様っ!!」
あたふたする執務室の部下たちに割って入り、トカゲが駆け寄って抱き起こす。
「お気を確かにっ!塔の民と俺を置いていかないでください!」
そう叫ぶと、夢魔は生気の薄い顔で薄目を開け、
「……ぐ、トカゲ……先の案件についておまえの意見を聞きたいのだが……」
返答の前に気を失いそうな顔で言った。むろんトカゲは、すぐ懐から薬を取り出し、
「さあ薬ですっ!これを飲めば楽になりますから!」
部下に水を用意させ、コップとともに勧めるが、
「い、いやだ。薬を飲む暇があれば決裁の判を十押すことが出来る……書類を……」
「そのままでは逆にお体を悪くし、千の書類がダメになります。ですから薬を!」
だが夢魔は這いつくばって机に戻り、何とか書類に判を押そうとし――盛大に吐血した。
『ナイトメア様っ!!』
トカゲも部下たちも慌てて介抱しようとするが、
「くそ、グレイ。責任を取ってこの書類は最初から私が書き直すから……」
「いいですいいです!俺たちがやりますから、どうかお休みください!!」
顔なしの一人が悲鳴のように叫んだが、夢魔は構わずに震える手でペンを握る。
「…………」
トカゲの肩に乗って、事の成り行きを見ていたユリウスだが、埒が開かないと
宙を飛び、夢魔の前に浮かんだ。
すると夢魔はユリウスを目に留める。少し痙攣しながら、
「と、時計屋二号店か。領土問題について、領主としての見解を聞きたい……」
「?」
ユリウスは首を傾げた。そして確認の意味で聞く。
「ナイトメア、『わかる』か?」
「ああ、分かるとも。私としては、裁量権について多少の異議が――」
「いやそうではない。おまえは心を読めるんだ。だから『わかる』だろう?」
そう言うと、夢魔は青ざめた顔でユリウスを見、
「心を読むなどと能力を浪費する暇があったら、仕事を――」
そう言って、卒倒した。
『ナイトメア様ぁー!!』
執務室内にまたも声が響いた。

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