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【登場人物】
四号店(ユリウス)……主人公。時計屋が三人いる世界に来た『余所者の時計屋』。
一号店……サボリ魔。よく寝てる。
二号店……ちんまり。妖精さん。
三号店……いじめられっ子、不器用、無表情。

■四号店、トカゲと夢魔に会う・上

「…………」
だんまりを決め込むユリウスを手のひらにのせ、この世界のトカゲは顔を輝かせた。
「やっと俺のところに遊びに来てくれたんだな。歓迎するよ。二号店」
「…………」
トカゲは感激していた。
さながら長いこと引き離されていた恋人に、再会した男のようだった。
そういえば、こいつは類を見ない可愛い物好きだったと今さらながらに思い出す。
自分が小さくなったところで、さして可愛いとは思えないが。
だが、グレイ=リングマークは慈愛に満ちた目でユリウスを見ている。
「本当に待っていたんだ。何度も何度も遠慮なく遊びに来てくれと言ったのに、
おまえは一向に来てくれないからな。嫌われているのかと思っていた」
――何か、口説かれている気分だな。
背筋がむずむずする。
「それで、今夜は泊まっていってくれるんだろう?」
「いや、その……」
熱く見つめられ、何だか愛人に会いに来た男の気分になってきた。
――二号店にならって、早めに逃げるか。
元はといえば、ドアの回廊を目指していたのだし。
ユリウスが返事をせずにさっさと飛び立とうとすると、
「っ!!」
突然トカゲにつかまれ、視界が揺れた。かと思うと、暗闇に放り込まれる。
一瞬、何が起こったのかと混乱するが、どうもトカゲのポケットに入れられたらしい
と気がついた。
――しまった……。
慌てて暗闇を蹴ったり殴ったりするが。
だが、ポケットの入り口を押さえられ、どうしようもない。
なおも暴れていると、外からトカゲの声が優しく、
「おまえをさらう奴がいたら大変だからな。しばらく大人しくしていてくれ」
――いや、それ、現在進行形でおまえだろう!
抗議する前にトカゲは歩き出したようだ。ポケットの中でガサガサ揺られながら、
――煙草くさい……。
気分が悪い。こんな狭い空間では臭いが身体に移りそうだ。
どこかほつれ目はないかとごそごそ動いていると、ポケットの上からやんわりと
押さえられた。呼吸困難になるほどでは無いが、行動を阻害するくらいには強い。
――このトカゲ……後で覚えていろ……!
内心毒づくが、この世界では言葉づかいで何度か危ない目に遭いかけたため、あえて
口には出さない。仕方なく動くのを止めるが、まだ押さえられている。
そうしているうちに、
――何だか、温かいな……。
ユリウスは小さくあくびをした。
上質な布地からトカゲの手の熱が少しずつ伝わってくる。
そういえばここに来てから、あまり休んでいない。
異世界に来た緊張やストレスで、熟睡どころではなかった。
――眠い……。
暗闇に包まれた暖かい空間。
まるで母の胎内にいるような……とロマンチシズムな心地さえ湧いてくる。
ユリウスはトカゲのポケットの中に丸まり、ゆっくりとまぶたを閉じた。

…………

何かにつつかれて目を開けると、トカゲの顔が目の前にあった。
「っ!!」
驚愕でのけぞった。だが足下の感触が何やらやわらかくてひっくり返る。
ぼすっとふかふかの何かに受け止められた。
「はは。大丈夫か?時計屋」
今しがたまで自分を指でつついていた男が幸せそうに笑う。
慌てて周りを見ると、トカゲの私室で、ユリウスがいたのはベッドの上だった。
トカゲは休憩時間なのか、スーツの上を脱いだリラックスした格好で、ベッドに
横になっている。そして……ユリウスをつついて遊んでいたらしい。
「…………」
後じさると指が追いかけてくる。飛ぼうとすると、トカゲの反射神経で素早く捕まり
人形のように抱き寄せられた。
「小さくて可愛い……癒やしだ……ああ、なごむ」
うっとり言われたところで、気色悪い以外の感想が浮かぶはずも無い。
「なあ時計屋。あんな連中のいる塔は出て、クローバーの塔で俺と暮らさないか?」
「はあっ!?」
チェシャ猫や眠りネズミのような例外もあるが、領主階級の役持ちが、違う領土で
暮らすなど、聞いたこともない。
「必ずおまえを幸せにする!ずっと大事に飼……世話をするから」
熱く熱く口説かれる。が、
――今、絶対に『飼う』と言いかけただろう、おまえ……。
それに捨て犬ではあるまいし『世話をする』という言い方も微妙だ。


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