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■四号店、小さくなる・下

「ああ。とりあえず、この薬を飲んでくれ」
二号店は、作業机の上を指し示した。一号店の作業机は磨かれたようにきれいで、
そこに一本の小瓶が乗っていた。薬なのか『私を飲んで……』というささやきが、
かすかに聞こえる。ユリウスは眉をひそめ、小瓶を持ち上げると、二号店に、
「おい、これはどういう薬だ?大丈夫なんだろうな」
「大丈夫だ。毒はない。何なら私が飲んで毒味してもいいぞ」
二号店は宙返りをしながら呑気に呟く。
「いや、本当にどういう薬なんだ。それだけでも説明してくれ、二号店」
「だから、大事な薬なんだ。いいからまず飲め」
「…………」
二号店にはエースから救われた借りがある。
向こうは気にしていないようだが、こういった思いを引きずりたくはない。
――仕方ない。乗りかかった船だ。
ユリウスは覚悟を決め、小瓶をあおった。


「…………おい、二号店。『大事なこと』ってこれか……?」
ユリウスは低い声でうめき、『二号店だった時計屋』を見る。
もう目茶苦茶だ。
今はユリウスが『二号店のような妖精状態』になり、二号店が『ユリウスのサイズ』
になって、小さくなったユリウスを掌にのせて笑っている。
大きな二号店と小さすぎるユリウス。そしてベッドからは変わらぬいびき。
「おまえ、大きくもなれたんだな」
どうやら二号店がサイズ自由自在ということを教えたかっただけらしい。
「あんな小さな姿で時計修理が出来るわけがないだろう。
一号店は寝てばかりで、三号店はあの腕だ。
私がいなければ誰が修理をするんだ!」
「…………」
確かにそのとおりだが、あまりにもいろんな箇所がデタラメなので流していた。
――それにしても……。
「どうした?四号店!」
しかし、二号店が小さい姿だったときは、元気なくらいがちょうど良かった。
自分を主張しすぎるくらいで、やっと存在を認識されていた。
だがその元気なノリのまま『元のユリウスとそっくり同じ姿』になると……どこか
エセくさいというか、かなり微妙な印象の時計屋だ。
――なるほど、エースの奴が二号店に興味を示さないわけだ。
納得すると、改めて二号店を睨みつける。
「というか、大きくなれるのなら、何であんなふざけた姿になっていたんだ?」
「え?図体がでかいのが三人もいると、うっとうしいだろう?
適度にバランスを合わせようと思ったんだ」
「…………」
よく分からないが趣味のようなものらしい。
まあ、どうでもいいか。考えるだけ人生の巨大な損失だ。
「で、それはいいとして。なぜ私が小さくされたんだ?」
もう、何で飛べるとか、そういうことはどうでもいい。だが二号店は真顔で、
「図体がでかいのが四人もいると、うっとうしいだろう?
適度にバランスを合わせようと思ったんだ」
「…………………………」
要は遊ばれたらしい。
――今すぐ帰る。ああ、この世界から帰ってやるとも。
ユリウスは深く深く決意した。
もうこの世界がどうなろうと、ひたすらにどうでもいい。
ユリウスは壊れた時計屋どものことは完全に無視して、窓から飛び出した。

――……月がきれいだな。
ユリウスは満天の星が見下ろす不思議の国を飛んでいった。
自分の『役』がなく、また存在を必要とされない、だが好かれる不思議な世界。
それは時計屋の仕事に愛着を持つユリウスには落ち着かないだけだった。
――私ではなく、『あいつ』が来た方が良かったかもしれないな。
細かい違和感が気にかかる。ついていけない矛盾点を無視出来ない。
溶け込めそうで、あと一歩、この世界になじめない。いつも外側から見ている。
そこから感じる疎外感というか寂寥感が、余所者の定めなのかもしれない。
――だが、それももうすぐ終わりだ。
クローバーの塔の巨大な外壁は、目の前に迫っていた。
昼間とは違い、小さくなったユリウスは開いている窓から楽々と中に入る。
そしてフワフワと廊下を飛び、ドアの回廊を目指した。
――よし、もうすぐそこだ。
はやる思いを抑えきれず、ユリウスは足音を確認もせず高速で――
「うわっ!!」
そのとき、向こうから曲がってきた誰かに、勢い良くぶつかった。
平素ならどうということはないが、今の自分は手のひらサイズの時計屋だ。
それこそ大岩か何かにぶつかったようなもので、一瞬気が遠くなって、落下した。

――……?
一瞬気絶した後に気がつくと、何かやわらかい感触を身体の下に感じた。
どうやら、地面に激突する前に、ぶつかった相手がユリウスを受け止めてくれたようだ。
「二号店?」
「っ!!」
聞き覚えのある声に、ユリウスは跳ね起きた。
ユリウスを手のひらに乗せたグレイ=リングマークが目を見開いていた。

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