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■四号店、小さくなる・中

……前から思っていたが、この二号店はいったい何なのだろう。
――まあ、ネズミは小さくなるから小さい時計屋がいてもおかしくない。
芋虫だって飛べるのだから、時計屋が飛べてもおかしく……ないような気がする
いろいろツッコミがしたい。したいが間違いなく時間の無駄だ。
「二号店。また君か」
エースは嫌そうに言う。しかし二号店は空中で腰に手をやり、
「白昼堂々、わいせつ行為とはいい度胸だ。時間の番人として許すことは出来ない」
――いや、時間の番人は警察ではないだろう。
ユリウスの内なるツッコミが聞こえたかどうか。
二号店はエースに指をつきつけ、
「よん……三号店から離れろ、卑猥騎士!さもなくば、おまえをクビにする!」
ふわふわと宙に浮きながら二号店は勇ましく言う――もちろんエースの手の届かない
高さを跳びながら。そして、しばらくエースは沈黙し、やがて渋々と、
「はあ、合わない上司が二人もいるなんて、俺って不幸の騎士だぜ」
そう言ってユリウスから離れた。ユリウスも落ち着き払って立ち上がる。
しかし内心は驚愕していた。
――エースに狙われて無事でいられるとは……。
元の世界ならこんなときに味方はいない。
絶対に(中略)な展開に一直線だったことだろう。少し助かった。
ユリウスが立ち上がると、二号店は使い魔のごとく、ふわりとその肩に乗る。
そしてエースを睨みつけた。
騎士は肩をすくめ、ユリウスに片目をつぶると『後でな』と言って去って行った。
そしてエースの足音が聞こえなくなるほど遠ざかり――騎士が足を滑らせ崖下に転落
する音が聞こえ、ようやく二号店はユリウスに話しかけた。

「危ないところだったな、四号店」
「ん……ああ、助けてくれて感謝する。そういえば、おまえは飛べたんだな」
手のひらを出すと、二号店は手乗り文鳥のように飛び乗った。
「当たり前だ。時計屋だからな!」
どう当たり前なんだ。しかし考えても間違いなく人生の重大な浪費だ。
「大事なことをおまえに教え忘れてな。それで迎えに来たんだ」
「大事なこと?」
「ああ。まず時計塔に帰ろう。遅いから三号店も私も心配していたんだ」
「…………」
そういえば、帰るつもりで、適当なことを言って出て来たのだった。
――しかし、あの三号店、時計を少しは片づけ終えただろうか。
一号店のよろしくない外聞も耳にし、少しは説教してやりたい。
「そうだな、帰るか」
ユリウスは二号店を肩に乗せ、この世界の時計塔に向けて歩き出した。


空は夜の刻に入り、時計塔は灯台のように灯りをともしている。
ユリウスは扉を開け、階段を上る。
作業室に入ると、相変わらずベッドからは一号店の大いびきが聞こえた。
ほどなく、バタバタと足音がし、扉が開く。
息せき切って入ってきたのは三号店だった。
「お……おかえり、なさい……」
走ってきた割に、緊張するのか目をそらし気味だ。
「ああ。今帰った」
ユリウスはあえて、エースに会ったことは言わないでおいた。この世界のエースが、
誰とどういう間柄にあるかなど、ユリウスには関係のないことだ。
「三号店。それで時計修理はどれくらい進んでいる?」
「…………」
思い切り目をそらされた。聞くもお粗末な進行状況なのだろう。
「仕方ないな。後で私も手伝おう」
「…………?」
『いいんですか?』と言いたげな三号店にユリウスはぎこちなく笑い、
「時計屋の仕事は修理だけではないだろう?雑用をしながら、おまえにアドバイス
することも出来る」
「……っ!……」
無言で何度も頭を下げる三号店。するとベッドの上から声がした。
「それは助かるな、おまえがいると『俺』も楽を出来そうだ」
一号店はこんなときだけベッドから顔をのぞかせる。ユリウスは彼を睨み、
「おい、外でおまえの評判を聞いた。
おまえは時計屋としての自覚が――おい、寝るな!」
どういう神経をしているんだと疑いたくなる高いびき。
しかも狸寝入りではないらしい。
――あとで顔にマジックで落書きしてやろうか。
子どものようなことを半ば本気で考えた。
「おい四号店!腹が減ったぞ!」
そこで二号店が空腹を訴えたため、ユリウスは食料棚へ向かう。


それからユリウスは適当な材料を焼いて、二号店と三号店の三人で――最後の一人に
ついては『働かざる者食うべからず』と無視して――食べ雑談を交わした。
食後は自然解散の流れになった。
三号店は仕事の成果が出ない割に、疲れているらしい。
ユリウスが『修理開始は寝てからにしよう』と提案すると彼もうなずき、あいさつも
そこそこに自室に上がっていった。
そしてユリウスは一号店のいびきを聞きながら、肩に乗っている二号店を見る。
小さい時計屋は、うとうとして、また肩からずり落ちそうだ。
「おまえもそろそろ寝たらどうだ?」
「はっ!……いやいや、私は四号店に大事なことを教えるつもりだったんだ」
目を覚ました二号店は真剣な顔でユリウスに言う。
「大事なこと?」
そういえば、そんなことを言って迎えに来てくれたのだった。
この世界に関わる重要なことだろうか。小さいとはいえ『こちらの時間の番人』が
教えてくれるのなら拝聴しなければならない。


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