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【登場人物】
四号店(ユリウス)……主人公。時計屋が三人いる世界に来た『余所者の時計屋』。
一号店……サボリ魔。よく寝てる。
二号店……ちっこい。妖精さん。
三号店……いじめられっ子、不器用、無表情。

■四号店、小さくなる・上

「エース」
四号店ことユリウスが低い声で呼ぶと、ハートの騎士は、爽やかに手を振った。
「久しぶりだなあ、一号店のユリウス!……いや、三号店のユリウス?」
「…………」
元の世界と同じに、こちらの世界のエースは人懐こく笑いかけ、近寄ってくる。
だがユリウスは額に汗が浮くのを感じた。
今自分が直面している危機は、先ほどの比ではない。
帽子屋のボスとは逆に、エースは元の世界のエースと寸分違わない。
しかし、自分が余所者の時計屋と知られるのはまずい。本当にまずい。
この男にとって『余所者』は、決して見逃すことの出来ない異分子だ。下手に正体が
発覚すれば時計屋の外見だろうと、この男は一刀のもとに斬り捨てるかもしれない。

焦るユリウスの前で、エースは笑顔で話しかける。
「どうしたんだ?一号店?三号店?意地悪しないで教えてくれよー」
だが、声にかすかな硬さが混じっている。
どうも本当に一号店か三号店か見分けがつきかね、内心は戸惑っているらしい。
ユリウスはとっさに一号店のフリをしようかと思い、すぐに考え直す。
――さっきは一号店と間違われ、帽子屋ファミリーに違和感を持たれたんだったな。
普段着が寝間着らしい男は、普通にふるまうだけで『おかしい』らしい。
ちょっとした違和感からでも、騎士に真相を勘づかれる恐れがある。
――なら三号店のふりをしよう。
うつむきがちで蚊の鳴くような声、おどおどした所作。
本意では無いが、一号店に比べれば真似るのは容易だ。
「あ、あの……」
小さな声でそう言って、エースをうかがうと、
「ああ、三号店か。よしよし、俺に会えて嬉しくて、変だったんだな。あはは」
ハートの騎士はパッと笑い、いつものエースに戻る。どうやら成功らしい。
「え、えと、そ、そ、それじゃ……」
ユリウスは再びか細い声で呟き、背を向け駆けようとすると、
「おっと」
「っ!!」
肩をつかまれ、後ろに引かれた。
バランスを崩し、倒れたところをエースの腕が抱きとめる。
「……っ!」
いきなり何をする!と叫びかけ、慌てて口を閉じる。
あのいじめられっ子気質の三号店が、エースに何かされて反抗出来るわけがない。
黙っているとエースの手が、何やら不埒な動きで胸のあたりを探る。
「……!」
思わず強ばるユリウスの肩に、愛しげに顔をうずめ、
「じゃあ、今回はどんなプレイにする?」
「――っ!!」
――おまえ……他の世界でも『そういう』趣味を持っているのか!?
先ほどとは別の意味で危機だ。
元の世界では、ハートの騎士と自分は……口に出したくない関係だった。
もしこちらの世界でも、騎士が時計屋にそういった感情を抱いてるとするのなら。
……この男が一切抵抗しない、気弱な時計屋に何もしないわけがない。

焦るユリウスは、出来るだけ声を出さないようにしながらもがくが、
「はは。じらしてるつもりか?誘ってるようにしかみえないぜ?」
「!!」
変態騎士の手が、じりじりと下に動き出す。こうなるとユリウスは、半ば演技を忘れ
必死に身をよじるが、鍛え抜かれた騎士の身体はピクリとも動かない。
むしろ嫌がるユリウスを面白そうに見下ろし、
「ふうん、今回は野外での×××ってシチュエーションにしたいんだな。いいぜ」
「っ!!」
瞬間、視界が回り、背に衝撃が走った。体術か何かで地面に投げ飛ばされたのだと
気づくより先に、エースがユリウスの両脇に手をつく。完全に押し倒された形だ。
「おいおい、さっきみたいに、もっと抵抗してくれよ。俺がつまらないだろ?」
「――っ!!」
ユリウスは何とかエースの身体を押しのけようとする。だが逆に両手首をつかまれ、
頭上の辺りに押さえつけられた。エースは笑って、服に手をかけ、
「それじゃあさ、やろうか?」
「――っ!!」
状況も生命の危機も忘れ、ユリウスが大声を出そうとしたとき、

「待て、そこの正義の変質者!!」

どこからか声がした。するとエースは舌打ちして、すぐに身体を起こす。
ユリウスも肘をついて上体を起こし、エースの視線の先を追った。
その声には聞き覚えがあった。

小さな時計屋、二号店が宙を飛んでいた。虫……いや、妖精のごとく。

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