続き→ トップへ 短編目次 ■四号店、帽子屋のボスに会う・下 「ますます、あんたらしくねえな。いいから会ってけよ。ほら!」 「ち、ちょっと待て!引きずるな!!」 三月ウサギはこの世界でも馬鹿力だ。ずるずる引きずられ、双子が後についてくる。 何とか逃げる隙をうかがっているうちに、三月ウサギが止まり、背を叩く。 そしてボスのいるらしい方に、 「連れてきたぜ。ほら、何か変だろ、一号店の奴」 無理やり連れてこられたユリウスも、完全に機嫌が悪くなった。 せいぜいブラッドに嫌味をぶつけようと顔を上げ――凍りついた。 「本当ね。一号店、宗旨替えかしら?あなたらしくないわね」 優雅に腕組みした青いエプロンドレスの少女が――ファミリーの中心に立っていた。 ………… 「お兄さん、お飲みなさい」 「!!」 ユリウスはハッと気づいた。 「あ……あれ?」 辺りを見回すと、そこは帽子屋屋敷の中庭だった。 完璧にセッティングされたテーブルには紅茶とにんじん料理の山盛り。 どうやら、呆然自失のうちに連れてこられたらしい。 そして自分の前に座るのは――青いリボンとエプロンドレスの少女。 「アリス=リデル……」 うめくようにその名を口にする。 「なあに?お兄さん」 優雅に紅茶を飲む少女は微笑んで、チラリとこちらに流し目をよこす。 そうした仕草は小悪魔のようでもあり、やや可愛らしい悪女のようでもあった。 だがいくら異世界でもこれはない。 あの少女は……ユリウスがいたハートの世界では――。 「その……アリス。ブラッドは、どうしたんだ?ブラッド=デュプレは」 「誰のことかしら。知らないわね」 「とぼけているのか?そんなはずはないだろう」 そう言うとアリスは周囲に視線をやる。 右に座した三月ウサギは首をひねり、左に座した双子もいぶかしげな顔を返す。 背後に控えた部下たちも同じ事だ。ただアリスの視線を受け、何人かが走る。 「……だそうよ、お兄さん。残念ながら私たちに心当たりはないわね。今は」 事実だろう。『今は』と含みを残すような言い方は今後の交渉の余地を考えてか。 それにしても、なぜアリスがブラッドに代わっているのか。 「すまないが、帰らせてもらう」 ユリウスは立ち上がる。この世界には耐えられない。 一刻も早くドアの森に行かなくては。 「あら、お兄さん。お茶会は始まったばかりよ?」 「い、いや。私は仕事で忙しいんだ。悪いな、アリス」 ブラッドなら無視するところだが、アリスだと思うとつい対応が柔らかくなる。 「『仕事』?『私』?」 アリスが可愛らしく眉をひそめた。 そういえば一号店の一人称は『俺』だったと、今さらながらに思い出す。 エリオットがアリスの横から、 「な?アリス、一号店の奴、さっきから、ずっとおかしいんだ」 「そうね。パジャマではないし寝癖もない。 髪もちゃんと縛ってるし『仕事』なんて言い出すし」 ――あいつは、本当に普段どういう生活をしているんだ! 三号店の技術不足より、一号店の生活態度を根底から叩き直してやりたい。 羞恥にこぶしを握るユリウスに、 「でも、キリッとしたお兄さんも素敵よ。それに……何だかいつもより格好いいわ」 両手で頬杖をつき――マナー的にはアレだが――アリスが小首を傾げる。 ユリウスはハッとした。そういえば双子も似たようなことを言っていた。 三月ウサギを見ると、ニッと笑顔を見せる。 双子も視線を寄越されて嬉しそうに笑う。 ――おい。ちょっと待て……まさか……。 悪寒がぞわぞわと背筋を這い上がる。アリスは可愛らしくも妖艶な目で、 「ねえ、お兄さん。少しの間、帽子屋屋敷に泊まっていかない?歓迎するわよ?」 「い、いや、いい、いい!本当に仕事があるんだ。それではな!!」 ユリウスは退席のマナーも頭から追い出し、席を立って駆けだした。 脱兎のごとく帽子屋屋敷の門をくぐり、ひたすら森の方へ走りながら考える。 いくら敵対していないとはいえ、愛想の良すぎる帽子屋のボスや幹部たち。 ――まさか『余所者は好かれる』の法則が私に適用されているのか!? だとすれば遠からず、気色悪さで自分は死ぬ。 早く、早く帰りたい!! 爆発しそうな肺を押さえ、森に向けて走っていると、 「あれ?ユリウス?」 林の中から声がした。 ユリウスは思わず立ち止まり、勢い良く振り返る。 その視線の先に――ハートの騎士が立っていた。 3/3 続き→ トップへ 短編目次 |