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■四号店、帽子屋のボスに会う・中

ユリウスは風を切って彼らのいる方向へ歩いた。
すると銃声が止む。
領主のお出ましに気づいたのか、帽子屋ファミリーの顔なしたちやその敵対者たちは
応戦を止め、顔を寄せてささやき交わしている。
「時計屋ユリウス=モンレーだ……三号店か?」
「いや、オドオドしていないし顔を上げている。あれは一号店だろう」
それ以上戯れ言を聞く気はなく、ユリウスは辺りに響き渡る声で、

「時計塔広場は、時計塔の領土だ!抗争をしている馬鹿な連中は今すぐ立ち去れ!」

すると、広場がざわめいた。
「おい、一号店がまともなことを言ってるぞ……」
「パジャマ姿じゃないし、何かおかしい。誰かボスに報告してこい!」
ユリウスの言葉に感銘を受けたわけではなさそうだった。
……しかも一号店は普段からあの寝間着姿で外をうろついているらしい。
だが気勢を削がれたのかマフィアたちは武器を下げ、撤退準備を始めている。
内心安堵するが、彼らが全員広場から出て行くまで安心出来ない。
ユリウスは広場に立ち、腕組みしてマフィアどもを見張ることにした。すると、

「時計屋、久しぶりだね〜。暗殺されないで元気にやってた〜?」
「あんたが普通の服着てるなんて珍しいね」

見覚えのある双子がユリウスの方へ歩いてきた。
――ブラッディ・ツインズか。
「戦いが終わるのは残念だけど、休めそうだから助かったよ。さすが一号店!」
「敵を殲滅出来なかったから、給料引かれないかな〜。危険手当、出るよね〜?」
休憩をひたすら気にかける青のディーと、給料をひたすら気にする赤のダム。
この双子は異世界でも変わりないらしい。ユリウスは低い声で、
「抗争をしたいのなら、別のところでやれ。時計塔とその周辺は中立地帯だ」
素っ気なく言うと、双子は奇妙な顔をして、ユリウスをしげしげと見つめる。
思わず見つめ返すと、青のディーが、
「ねえ、時計屋、ちょっと格好良くなった?」
「――は?」
「うん。こうやって、ちゃんとしてると、いつもの一号店とは別人みたいだよ〜」
赤のダムも同調する。からかっているわけでもなさそうだ。
――まずい……。
格好良いかはさておき、違和感を持たれている。ユリウスが内心焦っていると、
「一号店!久しぶりだなあ!」
「……は?」
かけられた明るい声に、今度こそ呆然とする。

三月ウサギが――太陽のような笑顔でこちらに手を振ってきた。

自分を投獄した宿敵と、あれほどユリウスを目の敵にしていたウサギが。
「おまえ……三月ウサギか?」
思わず問うと、
「何、言ってるんだ!俺はウサギじゃねえよ!俺は犬だっ!」
そう笑ってユリウスの背中を親しげにバンバン叩く。
自分への態度をのぞけばいつもの三月ウサギのようだ。
だがユリウスは聞かずにいられない。
「おまえ……私を恨んでいないのか?」
「え?何を?」
「おまえを投獄したんだぞ?時計屋は」
そう言うと、三月ウサギは一瞬固い顔をした。
剣呑な空気が三月ウサギを包む気配にユリウスは思わず一歩下がった。
だが三月ウサギは厳しい目で時計塔を睨み、
「ああ、いずれ決着をつける。三号店の野郎は……いつか俺が殺す」

「――は?おまえを投獄したのは三号店なのかっ!?」

思わず叫ぶ。あの気弱そうな時計屋がこの男を投獄した?想像がつかない。
「おいおい一号店。寝過ぎて頭がボケたんじゃないか?
三号店に恨みはあるが、あんたや、ちんまい二号店は無関係なんだろ?
俺らの邪魔しなきゃ敵じゃねえよ」
笑って肩を叩かれながらユリウスは呆然とする。
時計屋が三月ウサギの敵ではない……。
似ているようで、やはりここは異世界だ。
自分までおかしくなる前に、早く立ち去りたい。早く森に行ってドアを通らないと。
「と、とにかく。早く帰ってくれ。私はもう行くから」
「ああ、時計塔に迷惑かけて悪かった。じゃあな。一号店!」
三月ウサギがカラッと笑って手をふる。双子の方はまだユリウスをじっと見ている。
二度と見ることはないだろう光景を、少し奇妙に思いながらユリウスは背を向ける。
そのとき、帽子屋の顔なしの一人が三月ウサギに駆け寄って何かささやいた。
それを聞いた三月ウサギが、
「あ、ちょっと待ってくれ、一号店!」
三月ウサギが走ってきてユリウスの腕をつかんだ。
「時計塔に迷惑をかけた詫びに、ボスが会いたいってさ」
――ブラッド=デュプレにか。
いつもと違うらしい『一号店』に興味を持たれたか。
だがあの男には会いたくない。
この三人はともかく、帽子屋のボスは頭が切れる。
まさかとは思うが、自分が異世界の時計屋と見抜く可能性もある。
「すまないが、仕事があるんだ。だから――」
「えーっ!一号店が仕事ぉっ!?」
「あんた、そんなに真面目な奴だった〜?時計塔、大丈夫なの〜?」
……普通に仕事の話をしただけでブラッディ・ツインズに目を見開いて驚かれた。
本当にどうなっているのだろう、この世界の時計屋稼業は。

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