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【登場人物】
四号店(ユリウス)……主人公。時計屋が三人いる世界に来た『余所者の時計屋』。
一号店……サボリ魔。よく寝てる。
二号店……ちっこい。妖精さん。
三号店……いじめられっ子、不器用、無表情。

■四号店、帽子屋のボスに会う・上

その朝の時間帯、時計塔の一室ではちょっとした騒ぎが起こっていた。
「すごい!すごいぞ四号店!!」
「ドライバーはこんなに速く動くものだったのか。代わってほしいな。本当に」
「…………」
四号店こと、この世界に迷い込んだユリウスは注目され、渋い顔だ。

世界にただ一人の時計屋として、仕事に専念していたユリウス=モンレー
彼は、ある時ドアを通って、自分の世界と似て非なる別世界にやってきてしまった。
そこには自分と瓜二つだが、時計屋にまったく向いていない三人のユリウスがいた。
『この世界の時計屋を教育しなおす』という使命感に動かされ、元の世界に帰ること
を、いったん思いとどまったユリウスだったが……

「で、この四番歯車が雁木車に回転を伝える。そうすると、キャリッジも回転し、
トゥールビヨン機構が正常に動作する。この機構を組み立てるコツだが――」
ユリウスは言葉を切って、三名を見た。
自分と同じ顔の時計屋たちは、ユリウスの次の言葉を待っている。
だが、生徒というよりは、サーカスの珍獣の芸でも見ている表情だ。
「それじゃあ、一号店。今教えたことを要約して聞かせてくれ」
すると――今に至るまで寝間着姿で、ぼさぼさの長い髪を縛りもしない――彼は、
急に視線をさ迷わせ、
「あ……ああ〜。悪いな、四号店。俺はもう寝る時間だ」
そう言うとそそくさとロフトベッドに上がり、十秒後には寝息が聞こえた。
ユリウスは発砲してやろうかとベッドを睨む。
そして、三号店の肩にちょこんと座る小さな小さな二号店に視線を移し、
「それでは、二号店。私がさっき言ったことを要約してくれ」
「了解だ!ところで四号店。『要約』とは何だ?」
「ああ、おまえはもういい」
ユリウスは深く深くため息をついた。
まあ、この二号店は学習能力以前に、身体が小さすぎて修理どころではない。
「あ……あの……」
かすれるような声に顔を上げると、三号店がユリウスを見ていた。
「じ、自分が要約します……」
ユリウスの講義を唯一ノートにとっていたのは、この三号店だけだ。
うなずいて発言を許可すると、三号店はノートを見ながら、
「と、時計の修理はすごく手間がかかって難しい」
「……………………」
間違ってはいない。間違ってはいないが、要約しすぎだ。だが上目遣いにユリウスの
反応をうかがっている三号店を見ると、厳しいことが言えない。
「あ、ああ。正解だ。よく頑張ったな」
若干引きつった笑顔でうなずくと、三号店はホッとした顔で下を向いた。

これでは一どころかマイナスからの出発だ。ユリウスは早くも使命感を放棄し、
元の世界に戻ることを決意した。

「では、今回はこれくらいにしよう」
ユリウスが講義を打ち切って立ち上がると、
「四号店、大変興味深かった!魔法みたいな手つきで感動した!」
「が、がんばります……」
「う……」
自分と同じ顔なだけに気色悪い。すると二号店が、三号店の肩からポンと跳んで、
ユリウスの肩に乗ってきた。
「それで、四号店はこれからどうするんだ?
しばらくいるのなら、いろんなところを案内するぞ?」
自分がサボリたい意図もあるのだろうが、二号店はすでに案内人気取りだ。
だがついてこられては、元の世界に帰りにくい。
「心配ない。時計屋の人数が違うだけで、ほとんどの領土は変わらないからな。
何かあっても一人で対処出来るさ。おまえは三号店と時計の修理をしていろ」
肩の二号店をつまみ、三号店に放ると、
「それでは、行ってくる」
三号店に向けて言うと、
「い、いってらっしゃい。お帰り、お待ちしています」
「…………」
三号店はぎこちなくも精一杯らしい笑顔を見せる。
もともと三号店には懐かれ気味ではあったが、ユリウスの時計屋としての技術を目の
当たりにして、尊敬が不動のものに変わったらしい。
二号店も、三号店の掌の上から、小さな手を振ってくる。
――こいつらを置いて帰るのはかわいそうな気もするが……。
だが、彼らが仕事が出来ないのは、彼ら自身の責任だ。
いくら異世界の時計屋とはいえ、ユリウスに面倒を見てやる義理はない。
ちなみに、ロフトベッドから聞こえる大いびきは完璧に無視しておく。
ユリウスは内心を表に出さず、作業室を出た。


時計塔の外に出ると、空は快晴で、気持ちの良い風が吹いていた。
ユリウスはのびをすると、暖かい日差しの中、歩き出した。
あの手のかかる連中を捨て、これから帰るとなると気が楽だ。
ユリウスは辺りを見回した。時計塔広場の風景は店の配置に至るまで同じだ――この
世界でも葬儀屋は嫌われているのか、視線を向けると顔なしは背を向けるが。
仕事熱心なナイトメアといい、この世界の知人がどう過ごしているのか気にはなる。
だが、やはり帰ることが優先だ。ユリウスは森の方向に向かって歩き出した。
「っ!!」
そのとき銃声が聞こえた。ユリウスは反射的に身を伏せ、両手で頭を守る。
一瞬遅れて爆音。
頭上を粉塵や瓦礫がかすめる気配がするが、幸いユリウスには怪我はない。
――時計塔の領土で、良い度胸だ!
爆発が収まったことを確認し、ユリウスは身を起こすと、懐のスパナを銃に変える。
広場では避難する顔なしたちが、ユリウスの横を走っていく。
彼らが逃げてくる方向を確かめると、帽子屋ファミリーの姿があった。

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