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■四人の時計屋・下

「無理です、一号店様。ナイトメア様にはお会いになれません」
クローバーの塔。その入り口で対応に出た塔の人間は、アッサリと断った。

ユリウスは『一号店』のフリをしていた。
別の世界から来た時計屋と言うと、いろいろ混乱するのでとりあえず夢魔への面会を
申し込んだのだが、
「夢魔に会えないだと? なぜだ、私は時計屋だぞ。領主の緊急事態だ」
「ナイトメア様は公務でご多忙です。緊急事態でしたら、なおのことご自分たちの
仕事を先に片づけてはいかがです? あの方は仕事をサボる方を快く思われません」
「…………」
よりにもよって仕事ぶりを諭された。しかも芋虫はちゃんと仕事をしているという。
どうもこの世界では夢魔と時計屋の位置関係が、微妙に入れ替わっているらしい。
ユリウスが衝撃で言葉を失っていると、肩に座っていた二号店が、
「私の頼みでもダメなのか?」
首を傾げる。どう見ても可愛いとは言いがたかったが、職員は気まずそうにする。
「二号店様の頼みでも、無理なものは無理です。お引き取りください!」
そう言って二人に背を向けた。
目の前で塔の門が閉まる。二号店は舌打ちし、
「いつもはこれで聞いてくれるんだが、今日は夢魔の仕事が乗っているんだな」
「あいつはそんなに仕事をするのか?」
「寝ているとき以外は仕事をしているという噂だぞ?」
「病弱ではなかったのか?」
二号店はユリウスの髪を引っぱって遊びながら、
「病弱だ。なのに仕事をしたいと病院にも行かない、薬を飲む時間さえ惜しむ。
だから側仕えの役持ちが、眠り薬を盛って、何とか主を休憩させているらしい。
でも夢魔が食事時間さえ仕事に回すから、彼は主が心配で心配で煙草の量が――」
「…………」
この世界にあと数時間帯もいれば気が狂ってしまいそうだ。
だが今さら迷いのドアに入れてくれと、顔なしに頭を下げるのも悔しい。
「仕方がない。今から森に――」
そのとき時間帯が夜に変わった。二号店は肩の上に立って夜空を見上げながら、
「森に行くのか? 案内するぞ?」
好奇心いっぱいに聞いてくる。だがユリウスはためらった。仮にドアをくぐって元の
世界に帰るとしても、小さな時計屋を夜の森に置き去りにすることなってしまう。
同じ自分とはいえ、獣にでも食われたらと不安になる。
「いや、今回はいい。また機会を改めて来よう」
ユリウスは時計塔への道を、肩を落として帰った。

…………

扉を開けると、ベッドの上から一号店が手を振る。
「遅かったな四号店。夢魔は過労死していなかったか?」
「…………」
しかも未だに寝間着姿だ。
「ああ、まあ、仕事で会わせてもらえなかった」
「だろうな。クローバーの連中はよくあんな大まじめに仕事をしていられるものだ」
そう言って一号店は再びベッドに横になる。
「おい、まだ寝るのか!? 机の上にたまった時計はどうするんだ!」
机の上の時計は、再びたまりつつあった。だが一号店は、
「夜は寝る時間だ。寝不足は良い仕事の敵と言うだろう?」
「いや、私がここに来た時から、眠ってばかりだったじゃないか、おまえは」
だが返事より早くいびきが聞こえる。
「仕方のない奴だ、おい、二号店……うわっ!」
肩からポトッと落っこちた二号店を、慌てて手で受け止める。
手の平に落ちた二号店は、もうすやすや寝息を立てていた。
「…………」
ユリウスは作業机を見た。
自分が時計を修理したくてムズムズするが、ここは似て非なる異世界だ。
よその世界の時計を修理して、この世界に何が起こるか分からない。
もちろん、時間の番人としての知識はあるが、この世界はいろんな点が異なっている。
元の世界の常識や知識がこちらの世界で通じるかどうか。
夢魔に会ってそのあたりを確認しない限り、安易に時計屋として動くのは危険だ。
「仕方ない、三号店が頼みだな」
ユリウスはポケットに二号店を入れ、机の上の時計を抱えると、扉の外に出た。
入り口には『時計屋一号店』と素っ気ない札が下がっていた。
「…………」
階段しかない時計塔で、『時計屋三号店』はほどなくして見つかった。
ユリウスは時計を抱えたまま、扉を軽くノックする。
「三号店いるか。四号店だ。入るぞ」
『四号店』と名乗ることに、どこかむずがゆさを覚えつつ、ユリウスは中に入った。
そして時計屋三号店の内装も一号店や自分の作業室と何も変わりなかった。
だが――
「な、な、何だ、この時計の数は!!」
床に、棚に、ベッドに、ソファに、もちろん机の上にも時計が積み上げられていた。

「大規模な抗争でもあったのか? 何だってこんなに――!」
時計が積み上がりすぎて三号店の姿が見えなかったため、机を回ってようやく彼を
見つけた。
「…………」
時計を修理していた三号店が顔を上げ、ユリウスを確認すると小さく頭を下げた。
そしてまた修理に戻る。
その生真面目さに少しホッとしつつも、時計の量が気にかかった。
「おい、どうしたんだ。この量は。いくらあの二人に押しつけられたからって――」
ユリウスは言葉を止めた。三号店の動きは丁寧だ。真面目だ。だが。
……遅い。遅すぎる。圧倒的に手際が悪い。
そして――極限なまでに不器用だ。
手に怪我をしているとかそういうことではなく、細かい作業が苦手らしい。
ピンセットで小さな部品を持ってはポロッと落とし、ドライバーでネジを締めようと
しても斜めにはめてしまい、結局最初からやり直すことになる。
時計屋どころか、まるで工作を始めたばかりの子どもだ。
なまじ姿勢が一生懸命なだけに、哀れをそそる。
ユリウスはだんだんと絶望的な気分になっていった。
見られるのが緊張するのか、ときどきユリウスを見上げ、また歯車を落とす三号店。
今、ユリウスのポケットの中には、ドライバーより小さい背丈の二号店。
そして別の階では未だ爆睡している一号店。

――こいつら……こいつら……。

クローバーの塔には仕事熱心な夢魔と、そんな彼に忠実な部下たち。
そして、その顔なしたちから見下されている時計屋。
「帰らない……まだ、帰ってたまるか!!」
ビクッと三号店が見上げるのを無視し、ユリウスは拳を固めた。
「ドアを通ればすぐ帰れるかもしれんが、その前にこの世界でやることがある」
今のままでは、例え元の世界に戻っても三人のことが永久に気にかかりそうだ。

――何としても、この泣けるほどに時計屋に向いていない三人組を更正させる!

三号店がおどおどと見上げる中、ユリウスは、窓から見える星に誓ったのだった。


お借りした設定:
一号店……ツンデレ。プライド高い。
二号店……ちっこい。妖精さん。すぐ拉致られる。
三号店……従順。無機質、無感情、無表情。

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