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■四人の時計屋・中

「時計屋が領土争いをしているだと!?」

ユリウスは叫んだ。自分の前にいる三人の時計屋はうなずいた。
作業机に座る一号店――未だ寝間着姿で、頭には寝癖までつけている。
その肩に立つ二号店――恐ろしく小さい背丈で、偉そうに胸を張っている。
その横にいる三号店――何もしゃべらず、無言でこちらをうかがっている。
あれから三号店が珈琲を四人分淹れ、どうにか落ちついた。そして四人――三号店は
全くしゃべらないので正確には三人――は互いの世界についての情報を交換した。

「時計塔はこの世界でも中立なんだろう?なぜ、どこと領土争いをしているんだ」
「それはもちろん、この三人でお互いに」
と小さな二号店。他の二人もうなずく。一号店は珈琲をすすりながら、
「そっちでもゲームがないと生きていられないだろう? 俺たちは三人いるから、
誰が正しい『時計屋ユリウス=モンレー』で時計塔を支配するかで争っている」
――ということは、一応こいつらの名は全員ユリウス=モンレーなのか……。
『○号店』という変な名は通称らしい。本名ではなくて少し安心する。

「異世界の時計屋、ここはおまえの世界と微妙に異なる世界のようだな。
時計屋は三人いるし、時計屋同士で領土争いをしている。そこから違っている」
寝間着姿の一号店に言われ、ユリウスは腕組みしてうなった。
「あのドアは異世界にもつながっていると知ってはいたが……」
まさか自分自身が異世界に行ってしまうとは思わなかった。
しかし、そこではたと気づく。

「ちょっと待て、ならおまえたちは、なぜこの世界にとって『余所者』である私を
こちらに入れたんだ!外部との境は、この世界のおまえたちの担当だろう!?」

他の世界の『時計屋』が役割を怠った――軽くめまいを覚えながら問いただすと、
「二号店、おまえの仕事だろう!? なぜおろそかにした!」
一号店が華麗に責任転嫁し、
「え?今週の当番は三号店だった気がするぞ!なあ、三号店!」
二号店がさらに三号店に回し、
「…………」
三号店は何か言いたそうに二人を見ている。だがとっさに言葉が出ないようだ。
それを逃さず一号店が、
「三号店、おまえがちゃんと仕事をしないから余所者をこの世界に引き入れることに
なったんだ!」
「一号店の言うとおりだぞ、三号店!もっとしっかり仕事をしろ!」
二人に責められ、三号店は何か言いたげにするが、やはり何も言わない。
うつむき、少し肩が震えている。
――こ、この三号店……。
いじめられっ子だ。どこかのネズミほどではなさそうだが、明らかに口下手ゆえ損を
している。なまじ自分と同じ顔なだけに居たたまれない。
「そ、そんなに気を落とすな。次からは気をつければいいだろう、な?」
今にも泣きそうな三号店を見かね、ユリウスは肩を叩く。
「…………」
すると三号店は顔を上げ、救いの主を見つけたようにユリウスを見た。
――う……。
自分と同じ顔。自分と同じ顔。自分と同じ顔。
涙を浮かべた目で見られて気色悪いどころではない。思わず目をそらすと、
「か、感謝します……」
蚊の鳴くような声で礼を言われた。頬を少し染めているあたりがさらに怖い。
「すごいな、四号店!三号店の声など、俺はしばらくぶりに聞いた」
「すごいぞ、四号店!さすが異世界の時計屋だ!」
一号店と二号店に口々に賞賛された。だが、
「四号店……?」
ユリウスは思わず二人を見る。
「私にはユリウス=モンレーという名があるんだが」
「俺たちだってユリウス=モンレーだ。おまえだけ特別にユリウス=モンレーと
 呼ばせるわけにはいかない。この世界にいる間は『四号店』と呼ばせてもらうぞ」
「一号店の言うとおりだ。そういうわけで、よろしくな、四号店!」
なぜだか勝手に呼び名を決められてしまった。
しかも、しばらくこの世界にいることが前提になってしまっている。
これ以上、自分と同じ顔の連中といると頭がおかしくなりそうだ。ユリウスは、
「と、とりあえず私はドアの森か塔の回廊に行く。
運が良ければ二度とおまえには会わないはずだ。じゃ、おまえたちは仕事に戻――」
「おい四号店! それなら私を連れて行け!」
声がした。一号店の肩の上で小さな二号店が腰に手をあて、ふんぞり返っている。
人形サイズの珈琲カップをどこかに放り投げ、
「私がこっちのハートの世界を案内してやる!多少は便利だぞ」
「単にサボりたいだけだろうが、おまえは」
肩の上の二号店をつまむと、一号店が指でこちらに弾く。
「お、おい!危ないだろう!!」
ユリウスが慌ててキャッチすると、二号店が手の平で目を白黒させていた。
「それじゃあな、四号店。俺は仕事に戻るからな」
一号店は大あくびをし……ベッドに上っていった。
「おい、一号店。どこが仕事に戻るんだ、この時計はどうするんだ!」
机の上には残像が持ってきたらしい十数個の時計。
仕事を放棄する無責任さが許せず叱責すると、ベッドの上から、
「寝るのも仕事のうちだ。睡眠を取らなければいい仕事は出来ないだろう? 
それに俺が仕事をしなくても三号店が頑張ってくれるだろう。な?」
ユリウスが三号店を見ると、三号店は小さくうなずいた。
「おい、大丈夫なのか?」
三号店はうなずき、机の上の時計を集めると大事そうに抱える。
そのまま扉を開けて出て行った。
ベッドの上からは早くも一号店の大いびき。
「さっさと行くぞ、四号店!」
二号店は、ユリウスのそでをロッククライミングし、肩に登頂したところだった。
耳元にちょこんと腰かけ、
「さあ、出発進行!」
ユリウスはため息をつき、いびきだけが響く作業室を後にした。

そして階段を下り、時計塔を出て、さらに目を見開くことになった。
「やはりここは異世界だな……」
ありえない光景にユリウスは呆然と呟いた。
構成はハートの国だが、なぜか『クローバーの塔』が見える。
なのに自分の背後には荘厳な『時計塔』。
「二号店、こんなでたらめな世界で催しはどうなっているんだ!?」
「ん? もちろん舞踏会と会合を順番こにやっているぞ。
四号店の世界では違うのか?」
「いや確かに順番にはやっているが……引っ越しはどう――ああ、もういい!」
考えるほど頭痛がする。さっさと元の静かな時計塔に帰りたい。
「よし、芋虫がいるなら話が早い。クローバーの塔に行くぞ、二号店」
夢魔に会って道をつなげてもらうか、ドアをくぐる。
それで元の世界に戻れるはずだ。

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