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ここは時計屋四号店 (原案:和菓子屋様、夕夜様)


■四人の時計屋・上


そのとき、時計屋ユリウス=モンレーは森の中を必死に走っていた。
いつも通りの撃ち合いの帰り道。そこで刺客に遭遇した。

「はあ、はあ……」
息が切れ、足はもつれ、今にも倒れそうだが走るしかない。
背後からは刺客が容赦なく迫り、時おり銃弾が頬をかすめる。
ユリウスも何度か応戦はする。だが何人撃っても、手強く反撃され、その間に敵の
援軍が来るというイタチごっこだった。
じわじわと体力を削られ、ユリウスの焦りは強くなる一方だった。
そのとき、時計屋の目があるものをとらえた。
「……あれは……!」
目が輝いく。木々の向こう、視界が開けた先に、扉のついた木々があった。
ありがたい、これで時計塔まで帰ることが出来る!
『おいで……』
『扉を開けて……』
「ああ、開けるとも」
ユリウスは嬉々としてドアノブをつかみ――そのとき、そのときにふと思った。

――塔に戻ったら、またすぐ仕事だな。

別に何か思うところがあったわけではないし、仕事にも現状にも何の不満もない。
ただ刺客に追い回されて疲労していたのだろう。
ユリウスは扉に手をかけたほんの一瞬間。
『仕事は面倒だな』と、一万時間帯に一度、あるかないかの思いにとらわれた。
もちろん、ほんの一瞬間のことだった。

『望む場所へ……』
――っ!!
ドアの声と耳を突き刺す銃声に我に返る。
「時計塔へ!!」
ユリウスは迷うことなく怒鳴り、扉を開け、その先に飛び込んだ。

…………

…………

扉を超えると、そこはいつもの作業室だった。
ユリウスは後ろ手にバタンと扉を閉める。
「ふう……」
もう刺客の銃声は聞こえない。
そして小さく安堵の息をついた。
いつも通りのユリウスの場所だ。
作業台の上には、今もまた時計が十数個たまっている。
「よし、すぐに仕事だ」
ユリウスはまっすぐ作業台に向かい、椅子を引いて座る。
そして机の上に置きっぱなしにしていた、愛用の眼鏡を取ろうと――
「?」
眼鏡がなかった。
別の場所にしまったかと首をひねり、眼鏡を探す。
そこでふと妙なものが視界に入った。

『自分のコート』が壁にかけられていた。

「……?」
ユリウスは自分の服を見下ろす。
もちろん、壁に掛かっているのと同じコートを着ていた。
ユリウスは立ち上がり、壁まで歩いた。
「…………」
そしてもう一度、ゆっくりと自分の服を見下ろす。
もちろん自分が着ているコートが見える。
そしてまた壁にかかっている時計屋のコートを見る。
まあ、予備もあっただろう。
だがわざわざ取り出し、こうして壁にかけた覚えはない。
――誰かが持ってきたのか?洗濯屋にでも出していたか?
困惑しつつ自分のコートを再度見下ろし……今度は妙なものを床に見た。

『自分の服』が床に落ちている。畳みもせず、乱雑に放り出してあった。

ユリウスは慌てて床をチェックする。
他にもズボンにベスト、タイに靴下までがほっぽってあった。
「何なんだ……?」
しゃがんで触ってみると、確かに自分のものだ。
かぎたくはなかったが、鼻を近づけると、染みついた機械油の匂いがした。
精巧な模造品というわけでもないらしい。間違いなく自分の服だ。
そしてユリウスが、わけが分からず起ちあがったとき、

「おい、部屋を間違えているぞ、三号店」
今度は『自分の声』がした。

「…………」
ユリウスはゆっくりと、声のしたロフトベッドを見る。
「どうした、三号店。今日は表情豊かだな」

ベッドの上から――寝間着を着た『自分』が見下ろしていた。

「な……っ!!」
ユリウスは迷うことなく『自分』に銃を向ける。
しかし『自分』はニヤッと笑い、ベッドの柵に頬杖をつく。
その顔は、鏡を見たようにそっくりなのに、自分とは思えない邪悪な表情だ。
「おいおい、人の寝起きにご挨拶だな。俺たちの撃ち合いはまだ先だろう!」
――『俺』!?
「……っ!!」
もはや頭がついていかない。ユリウスは本能のまま『自分』に数発撃ち込んだ。
「おっと!」
だがベッド上の『自分』はアッサリとかわし、ベッドから飛び降りた。
『自分』とは思えない身軽さで一回転し、猫のように床に着地する。
長い髪が尾のように跳ねるのが見えた。
「ぐっ……!」
そしてユリウスの視界が回り、床に背中から叩きつけられた。
起き上がる間もなく乱暴に胸ぐらをつかみ、引き起こされる。
そして『自分』の顔が目の前にある。
「三号店。三人の中では俺が一番強いということを忘れたか?」
自分と同じ顔がニヤリと笑う。悔しいかな、体力には自信がない。
「お……おまえは何者だ!!」
誰何の声を上げる。
目の前のドッペルゲンガーの正体が分からない限り、死んでも死にきれない。
すると寝間着姿の『自分』は怪訝な顔をし、低い声で、
「『何者だ?』だと? おまえ、三号店のくせに生意気だぞ!
だいたい、何なんだ、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして――」

そのときどこからか、第二の声が聞こえた。
「一号店どうした? 刺客か!?」
「!?」
寝間着姿の『自分』はユリウスの胸ぐらをつかみながら、どこかに怒鳴る。
どうやらベッドの方角だ。だがもちろん、誰も寝ていない。
「二号店か。三号店の様子がおかしいんだ!寝ぼけてんのかもな!!」
すると、ベッドの方から『二号店』とやらの声がした。
「一号店!私は暴力は良くないと思うぞ!弱い者いじめは格好悪い!」
――弱い者いじめ……?
言葉の内容にも異議を唱えたいが、相変わらず声の主が見当たらない。
目をこらして見ても、ベッドに別の男が寝ている気配はない。
ユリウスが、胸ぐらをつかまれながら、困惑しきって視線をさまよわせていると、
「!!」

何か鳥のような小さいものがベッドから飛び出した。
そして『それ』は、『自分』……『一号店』と呼ばれた自分とそっくりの男の肩に
まさしく鳥のように止まって座る。

小人、もしくは妖精。そう形容していいくらい小さい。
手の平に乗りそうな小さな小さな――やはり『自分』だ。
その新しい『小さな自分』は、『一号店』の肩に座って腕組みをし、『一号店』に、
「本当だ。今日の三号店は変だな。今にもしゃべりそうではないか」
「いや、二号店。本当にさっきしゃべった。雨でも降るんじゃないか?」
『一号店』は、肩にしがみつく小さな時計屋……『二号店』に普通に返答する。
「な……な……っ……」
どうやら自分が『三号店』と思われているらしいことは分かる。
だがユリウスは、もはやパニックで口もきけなかった。
そのとき、扉を開ける音がした。
「え……?」
と、寝間着姿の『一号店』。
「あれ?」
と、小さな『二号店』。
自分と同じ顔の二人が、扉の方を見て、ポカンと口を開ける。
それは扉を開けて入ってきた者も同じだった。

入ってきたのは今度こそ、寸分たがわず自分とそっくりだった。
寝間着は着ていない。小さくもない。
同じ服、同じ背丈の時計屋。双子か何かのように瓜二つ。

その『彼』は、目を見開いてこちらを見ていた。
一号店は現れた男とユリウスを愕然として見比べ、
「え?さ、三号店?いや、こっちか?どっちが三号店なんだ?」
一号店はさっきの余裕もどこへやら。
今やユリウス以上に混乱し、今にも銃を取り出しそうだった。
「何、何だ!どういうことなんだ!!」
「…………」
肩口でわめく二号店と、目を丸くしてユリウスを凝視する三号店。
そこでユリウスもようやく冷静さを取り戻してきた。
胸ぐらをつかむ一号店の手を放し、ちゃんと立ち上がる。
……心当たりは一つしかない。ユリウスは言った。

「どうやら私は、ドアを通って別の世界に来てしまったようだな」

『別の世界?』
三人の時計屋は、呆気に取られたようにユリウスを見ていた。
ユリウスもうなずく。
「ああ。時計屋が三人いる世界にな」

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