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■猫耳協奏曲・中

「……って、寝てどうするんだ!仕事があるだろう!!」
ユリウスは飛び起きた。
窓辺で爆睡してしまった。
しかも相当眠っていたらしい。
机の上を見ると、エースが回収した時計と、寝ている間に残像が持ってきたらしい
時計が山積みになっている。
目の前に修理すべき時計があって昼寝をすることなど、今までなかったのに……。
あまりにも窓辺の陽光が魅惑的で、つい眠ってしまった。
自分の不真面目さに衝撃を覚え、ユリウスは尻尾をパタパタ振りながら机に座った。
そこで首をかしげる。

――さっきから何か違和感があるな。

引き出しから手鏡を取り出し、自分を眺める。
陰気な顔に猫耳。
別に何も変わらない。猫耳をぴくぴくさせてみるが時計の音以外、何も聞こえない。
ユリウスは不思議に思いながらも、時計修理に専念することにした。

時計修理が片付いた頃、エースが戻ってきた。
しかし扉を開けた男はそのまま凍りついていた。
「……は?」
血まみれの袋を脇に落とし、仮面を外し、大きく目を見開いてユリウスを凝視し、
何度か口をパクパクさせ――突然、爆笑した。
――こいつが心底から笑っているのを見るのは久しぶりだな。
それくらい笑っていた。床に転がり腹を抱え涙を流し、ユリウスをまた眺めては
さらに笑い、それでもおさまらず、床をドンドン叩いている。
だが笑われている方は不快なことこの上ない。
「おい、何がおかしい。失職したいなら袋だけ置いて出て行け」
尻尾を激しく振りながら声をかけると、
「わ、悪い悪い……はは、そ、そんなに、お、怒るなよ……」
声はいつも通りのトーンに抑えたつもりだったが、激怒していると分かったらしい。
笑顔のまま近寄ってきたエースはなだめるようにユリウスの喉をくすぐる。
「ん……」
ごまかされていると分かっても目を細めてしまう。
もっと撫でろ、と手に顔を押しつけるようにすると、さらに喉がくすぐられ、頭も
撫でられる。耳の後ろをかいてもらい、やかましくユリウスの喉が鳴る。
ユリウスはしばらく、エースの手に顔をこすりつけていた。
だが満足すると、さっさと離れ、窓辺にしゃがんで手の甲を舐め出した。
「あれ?もう終わりなのか?もっと撫でさせてくれよ」
相手にする気はない。舐めた手で顔を洗うと、ユリウスはその場でまた丸くなった。
「おーい、床で寝るなよ、ユリウスー」
エースが近づいてきて声をかけられるが、無視する。
「あ、尻尾が動いた。ユリウス!ユリウスー!」
嬉しそうに反応され、何度も呼ばれる。そのたびに尻尾を振って返事をしてやるが、
次第に馬鹿馬鹿しくなってパタッと振るのを止めた。
「ユリウス、無視しないでくれよ。ユリウスー」
背中を撫でられ、構われるのがうっとうしい。
ユリウスは立ち上がるとヒラリと跳躍し、梯子を数回蹴ってベッド上に逃げる。
「ははは。猫になって身軽になったな。待ってくれよー」
エースも笑いながら上ってくる。いい加減うるさくなり、エースが顔を出したところ
を狙ってパンチを出す。
「うわっ!」
エースの体勢が崩れたところを、鋭い爪で一閃――しようとしたが、仕事の邪魔に
なるので爪は整えているのを忘れていた。
仕方なくエースの胸をぺちぺち叩く。
「残念!俺の勝ちだな」
やはりというか全く効いていないエースに抱きしめられ、そのまま唇を重ねられた。
そのまま舌が口内に潜り込み、自分のものと絡み合う。あまり嫌な感覚ではないので
ユリウスは好きにさせた。やがてエースは離れ、笑いながら、
「はは。舌までザラザラしてる。帽子屋さんの薬、本当によく出来てるな」
「薬?何の話だ?」
「だから、俺が珈琲のポットにイタズラでこっそり入れた――ああ、何でもない」
エースはブーツを脱ぐと床下に放り出し、そのまま手套も外す。
ユリウスは本能のまま、エースの指が気になり鼻を近づけた。
いつもの鉄の臭いだ。臭いを落としてやろうと指をなめていると、
「は、ははは。ユリウス、く、くすぐったいから止めてくれよ。可愛いなあ」
また抱き寄せられ、軽く耳をかまれる。
「ん……ん……」
何となくそのまま妙な気分になってくる。
居心地が悪くてエースの黒い上着をかりかり引っかいていると、
「俺、獣耳にはこれっぽっちも萌えないと思ってたんだけどなあ……」
エースが上着の前を開け、誘うようにする。好奇心で顔を寄せると、そのまま頭を
抱かれ、胸に押し当てられた。肌が熱く、規則的な時計の音が心地いい。
ユリウスはまた喉を鳴らし、そのまま目を閉じ――
「おいおい、ユリウス。もっと空気読んでくれよ、そういうシーンじゃないだろ」
空気を読まない筆頭のような男に揺さぶられた。ユリウスは眠気を邪魔され苛々する。
ベッドから飛び降りて逃げようか、エースに噛みつこうか思案していると、
「はは。また尻尾が揺れてる。ユリウスが猫になるとわかりやすくていいな」
「何の話だ?私は元から猫だろう?」
「はいはい」
エースは苦笑してユリウスの頭を撫でると、そっとユリウスを押し倒した。

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