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■緋と藍の時間1

※R18
※ショタネタ注意
※白と黒の時間の続編です(未読でも読めます)
※少しでも不快に感じられましたら、すぐにページを閉じて下さい


頬を軽く叩かれた気がして、暗闇の底から覚醒した。
「ん……」
ユリウスがゆっくり目を開けると、目の前に、緋色の瞳が見えた。

…………

長い夢を見ていた気がする。
どこかで看守とサーカスの団長に虐げられていた、ひどい夢を。
けど目を開いた世界は光がさしていた。
それだけで涙が出そうになる。
だけど……。

――……?
何だろう。自分を起こし、優しく微笑む緋の瞳の男は。
懐かしい。けれど、これは警戒すべき瞳だった気がする。
彼が誰だったか思い出す前に、
「おはよう」
と声をかけられた。
「ぐっすり寝てたよな。シャワーにも入れてやったのに起きなくてさ」
「…………」
返事をせずにいると彼は笑い、唇に軽くキスをしてきた。
だがユリウスは少し身体を強ばらせる。
大人の男からの口づけにろくな記憶はない。
「はは。小さくなったユリウスは本当に可愛いな」
緋色の瞳の男は、気分を害した様子もなく笑った。
ユリウスもホッとして、男を観察する。
黒い服に、剣を提げた男だった。
そして次にユリウスは自分自身を見下ろした。
……素裸に、大人ものの赤いコートをかけられていた。

…………

あいさつが終わった後は、食事のようだった。ユリウスは椅子に座らせられる。
「はい、朝ご飯。身体が小さいから小さいのでいいよな」
「…………」
ユリウスは、差し出された小さめのパンを、警戒半ばに受け取る。
パンに歯を立てると硬かった。でも空腹だ。
バリバリと音を立てて千切り、一生懸命に食べていると、男の笑う声がする。
「向こうじゃ、ろくに食べさせてもらえなかった?」
頭がぼんやりしていて、『向こう』という言葉の意味がよく分からない。
ユリウスは笑われたことに少し不快に思ったが、またパンをかじった。
そしてパンを食べながら、周囲を見た。
ここはどこなのだろう。
ロフトベッド、壁一面に貼られたメモ紙、機械油の匂い。
大きなクローゼットに本棚。そして机の上に積まれた、時を止めた時計。
小さな窓の外は青空だ。
ここがどこかは、やはり分からない。
だが何となく、とても安心出来る場所な気がした。
この場所にしばらくいたら、自分の記憶を全て思い出せそうな気がした。
……ただ、当の自分の格好が問題だ。
なぜか素裸で、裾がボロボロの赤いコートを着せられている。大きなコートだ。
ボタンを全て留めても、襟元が開きすぎて、どうしても肌が見えてしまう。
ユリウスは恥ずかしくて前をたぐりよせた。
多分、このコートは目の前の男のものなのだろう。
だがこの男には、どこか不安があった。
今は向かいの椅子に座って、上機嫌でパンをかじり……こちらの身体をじっと見ているが。

自分はさっきまで夢のような……夢と言うには陰鬱すぎる、変な場所にいた。
それを、目の前の男が助けてくれた。それだけは確かだ。
恩人に違いない。
……だが、危険が去った気がしないのはなぜだろう。
「はは。あんまり美味くなかったな。まあ、ここに住んでいる奴の保存食だしな」
男は朝食の器を片付けながら言う。
ユリウスは思う。自分は悪夢のような空間で二人の男に虐げられていた。
そして恐らく、この男に助けられたのだろう。
だが助けてもらっておいて勝手だが、早く出て行ってくれないものか……。

「ユリウス。『早く出て行ってくれないかな〜』って思ってる?」

「……っ!!」
ズバリ言い当てられ、ユリウスはパンを落としそうになった。
すると男は腹を抱えて笑った。
「あはははは!小さくなると、感情が分かりやすいな、ユリウスは」
……小さくなった?
そういえば、あの二人の男も似たようなことを言っていた気がした。
ユリウスは自分の身体を見下ろす。
小さい身体。別に常と変わりない。以前と比べて『小さくなった』気はしないが。
「不思議そうな顔だな。そうかそうか。
俺がわざわざ連れ戻してあげたのに、まだ思い出せないんだな」
男の笑みが、少し深くなった気がした。
「ほら。水でも飲めよ」
「…………」
ユリウスは差し出されたコップの水を飲み、椅子の上でそわそわする。
なぜか分からないけど不安が増していく。
男も、久しぶりに見る青空も、あまりに爽やかで気味が悪い。
ユリウスは気詰まりになって、ついに椅子から降りた。
素足が冷たい床に触れる。
「お?どうしたんだ?ユリウス」
男から声がかかる。だが無視して、コートのすそを引きずりながら扉へ向かった。
「こら。その格好で外に出るなよ」
「っ!」
男の動きは全く見えなかった。確かに距離を開けたはずだ。
なのに、彼はいつの間にかユリウスの側に移動していて、腕をつかんでいた。
力が強い。とても痛い。
「…………っ」
「俺のことも思い出せないんだ」
「……?」
「俺はハートの騎士エース。おまえの親友だぜ?」
『親友』という言葉にユリウスは驚いた。
自分は小さいが、騎士を名乗る目の前の男は、大人だ。
親友なら助けてもらえたのも道理だろう。
だが大人と……自分のような小さいのは、親友になりうるのだろうか?
「はは。忘れちゃった?何もかも。思い出せないんだ?時計の修理の仕方も?」
「…………」
事実なので、恐る恐るうなずいた。だが騎士はすぅっと目を細める。
「ふうん……じゃあ、思い出させてあげないとな。
時計屋が時計を修理する方法を忘れたなんて、大問題だぜ」
何をするつもりなのだろう。
そう思っていたら、騎士がもう一度唇を重ねてきた。

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