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■時計塔のチェシャ猫3

「おいしい、おいしい!すっごく美味しいよ、時計屋さん!」
テーブルの椅子に座り、ボリスは料理を絶賛してやまない。
向かいに座るユリウスは、部屋の主だというのに落ち着かなかった。
「……ただのマグロ丼だろう。炊いた米にマグロの刺身を乗せただけだ」
ムスッとして言うと、
「でも美味しいって!普通に乗っけただけじゃここまで美味くならないよ!
ねえ!何か秘密があるんだろう?教えてよ、参考にしたいんだ、時計屋さん!」
しつこいので、渋々説明してやる。
「……マグロの刺身にしょうゆとハチミツを少量加えるのがポイントだ。
あれを入れるとマグロの身が引き締まり、味がよく絡むんだ。
米にも、いりごまと青じそを……」
「ええー、それ、時計屋さんが自分で考えた料理法なの?すっげー!
時計屋さんって面白い人だよな!どうやって見つけたの?ねえ、教えてよ!」
「子どもみたいに足をバタバタさせるな、騒々しい!」
「にゃはは!時計屋さんって、やっぱり面白いよ!」
こっちが素っ気なくするほどボリスは笑う。
騒がしい夕食にユリウスは困惑していた。

やがて、騒々しい食事が終わった。チェシャ猫は殊勝に立ち上がる。
「時計屋さん、俺、皿洗ってくるね!」
「別に皿洗いなどいい。ほっとけば勝手にきれいになるだろう」
「ダメダメ。猫はきれい好きなんだから。それに勝手にきれいになるったって、
食べ終わった皿なんだから、虫がわいたりするぜ?」
「う……」
神聖な作業場に、猫どころか虫まで飛び回るなど悪夢だ。
「だーかーら、きれいにする習慣をつけとかなきゃいけないの。そうだろ?
ま、時計屋さんはカビ生えてそうだし、気にならないか」
「カビなど生えるか!」
「あ、あははっ!と、時計屋さん真面目すぎ……!お、おかしい!」
何が受けたのか猫は大笑いし、二人分の皿を器用に持って、扉を開ける。
開けっ放しの扉を勢いよく閉め、ユリウスは額に手を当て、ため息をつく。
「全く……」

猫に懐かれた。
時間帯が経過し、傷などとっくに治ったというのに、出て行こうとしない。
いや、ときどき出て行って、これっきりかとユリウスを安心させるが、何時間帯も
しないで帰ってくる。
『時計屋さん!俺がいなくて寂しかった?』
と、最初の頃の警戒が、嘘のように抱きつき、まとわりついてくる。
……うっとうしい。

「うーん、にぎやかな遊園地もいいけど、静かなここもいいよな」
ソファに座って本を読むユリウスに、ボリスは身体をすり寄せる。
ユリウスはうんざりして本から顔を上げ、
「おいチェシャ猫。いつになったら出て行くんだ?」
「うーん、傷が治ったらかな?」
「何度も言わせるな。傷などとうに完治しただろう!猫に居座られては迷惑だ!」
キッパリと迷惑だと口にしたが、猫には全く効かない。
「そう?でもそのワリに、俺のためにお魚さん買ってきてくれるよね。
お刺身用の新鮮なマグロとかさ。俺が食べたいって言ったお魚もすぐに……」
「……ぐ、偶然だ!」
そんなつもりはない。必死に否定するが、
「あっれえ?このお魚レシピ本、この前までなかったよね〜?」
ちゃんと別の本のカバーまでかけてカモフラージュしておいたのに……。
チェシャ猫はユリウスが買った本をしっかり把握していたようだ。
「そ、それは……さ、触るな!その、さ、魚料理にハマっただけで……」
「プッ、ハマったとか、時計屋さんらしくないことまで言っちゃって」
そう言って、ゴロゴロとのどをならし、ユリウスの首元に顔を近づける。
「チェシャ猫。止めろ……」
くすぐったくて、本に戻れない。猫はうっとうしいほど色香のある声で、
「ね、時計屋さん。ここを俺の二番目の家にしていい?」
「断る!」
腹の底から声を出した。
「じゃ、一番目の家!遊園地は二番目!」
「そういう問題ではない!猫を飼う気などない!」
「えー、いいじゃないか。
地味なこの部屋を、俺好みにカッコ良く改装してあげるからさ!」
「冗談ではない!」
けれど、怒鳴れば怒鳴るほど、チェシャ猫は楽しそうにしている。
仕方なく、ユリウスは眉間に手を当て、ついに切り札を出した。
「それは本当に止めろ。だいたい、この時計塔には他にも来る奴がいるんだ。
おまえは『あいつ』が苦手だろう?」
「あいつって……」
チェシャ猫はしばらく首を傾げ、思い当たったようだ。
「ああ、騎士さん?」

チェシャ猫は騎士が苦手だ。世慣れた猫は表面上は普通に接している。
だが、好意を抱いてないことは確かだ。
「この塔を居候場所に定めれば、あいつと鉢合わせすることも多くなる。
それでいいのか?あいつと上手くやれるのか?顔を合わせてあいさつ出来るか?」
双子と猫、ではなく。時計屋と騎士と猫。
どれか二つの組み合わせはどうにか成り立っても、三人同時は難しい。
が、チェシャ猫はまた笑う。どこまで本気で話を聞いているのだろうか。
「と、時計屋さん。何かその言い方、結婚相手に言ってるみたいだよね」
「はあ?」
けどなぜかチェシャ猫は機嫌良く、いっそうユリウスにまとわりつく。
何となく頭を撫でると、ゴロゴロと喉を鳴らすのが聞こえた。
「まあ騎士さんはちょっと苦手だけどさ、迷子だし、そんなに塔に来るわけじゃ
ないだろ?俺、チェシャ猫だから、たまに会ってもあいさつは上手くやるぜ?」
チェシャ猫はどこまでも押してくる。
「いや、その……」
言っていいのだろうか。自分とエースが、道ならぬ関係にあることを。
言いよどんでいると、ボリスがきらりと目を輝かせる。

「はは〜ん、さては時計屋さん……騎士さんと『そういう』関係なんだ」

「な、なななな何を言ってるんだ、おまえっ!!」
まさに考えたことをずばりと言われ、真っ赤になってユリウスは立ち上がろうと……
したが、細身なわりに力のあるボリスに膝を押さえられ、動けなかった。
チェシャ猫はからかってるだけだ。それは十分に分かっている。しかし……
「えー!もしかして図星?ああ、だから女っ気がないんだ!」
猫は調子に乗る。
……奴とは強制の関係である以上、自分が同性愛者のつもりはないし、女っ気の有無
など全く関係ない……と思う。

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