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■時計屋は流され中2・中

「騎士か……」
「エース。おまえ、帰ったのでは……」
忌々しそうな声と、戸惑った声。
ハートの騎士は暗い室内で、いつものように
「ユリウス。俺が迷いやすいっていうのを忘れるなよ。
塔の中を迷ってたら、何かおまえの部屋に戻っちゃってさ」
そしてグレイを見ると、
「そういうわけで、トカゲさんは帰ってくれないかな。
せっかくだから、今夜はここに泊まるぜ。恋人同士の間に割り込むなよ」
「断る。おまえの方こそ帰れ。時計屋は俺の物だ」
「いいや、俺のものだ。ユリウスだって……」
後は聞く気も起きない。
ユリウスは馬鹿馬鹿しいやりとりを見ながら、一抹の希望を感じた。
一人の存在を、二人が取り合うなら、刃物のやりとりになるかもしれない。
――このまま共倒れになってくれないものか……。
もしくはその間に逃げられないか。
ユリウスは脱ぎかけのまま、そっと後じさりし、二人から距離を取ろうと、
「ぐっ……!」
暗闇で反応が遅れた。相手の動きも早すぎ、状況を把握するより先に痛みを感じる。
エースがいつの間にか後ろに回り、容赦のない力で、自分の腕を後ろ手にして
ねじり上げたのだと気づいた。
「おまえ……っ!」
何とか肩越しに振り返って睨みつけると、
「ユリウス。浮気の現場に乗り込まれたからって、コソコソ逃げないでくれよ」
笑顔では無い、気味の悪い笑顔があった。
「誰が浮気など……」
いや、それ以前の問題だ。
「おい、時計屋。この際だからハッキリさせろ」
気がつくとトカゲも目の前に立っていた。
背後のエースだけでも何とかしようと身をよじるが、逆にギリギリと締め上げられ、
骨が折れるのではと、額に冷たい汗が浮く。
苦悶を顔に出すまいと必死で歯を食いしばっていると、喉元にヒヤリとするものを
感じた。
目を開けると、グレイが例のナイフをこちらの喉に突きつけていた。
「俺と、この壊れた男とどちらを選ぶんだ?」
ユリウスは一瞬目を見開き、そして息を吸って全身の憎悪をこめ、

「どちらも選ぶか!男と、それもおまえたちのような最低最悪な部類の奴らと情を
交わすくらいなら時計を止めた方がマシだ!今すぐ私の前から消え失せろ!
でなければ本当に私の時計を破壊しろ!私は一人でいたいんだっ!」

一気にまくし立てると陰鬱な喜びを持って目を閉じる。
そしてトカゲのナイフが自分の喉を切り裂くか、エースが後ろから斬り捨てる瞬間を待った。
あるいは苔むした筋書きのように、二人が争って共倒れになってくれないかと。
だが、いつまで経ってもそのときが来ない。
失望と、認めたくない小さな安堵を感じながらユリウスが目を開けると、
「トカゲさん、どう思う?俺はこんなにユリウスに優しくしてるのに冷たいよな」
「そうだな。俺も誠実に尽くしているのに、甘やかすとすぐつけあがる」
「……は?」
荒唐無稽なことを二人が言っているのが理解出来ない。
だが二人は当の想い人を無視して話を続ける。
「たまには、愛のあるおしおきも必要だと思わない?トカゲさん」
「そうだな。これでは例え決着がついても、またフラフラと浮気を繰り返しそうだ」
エースの顔は見えないが、二人がニヤリと笑みを交わすのが嫌でも分かった。
「――っ!」
「だよね。お互いユリウスを愛してるんだし、調教くらいなら協力してもいいぜ」
「ああ。反抗の芽は、徹底的に摘むべきだな」
意図しようとしていることが分かり、逃げようとした。
ユリウスは時計が動き出してから初めてというくらいの力を出し、暴れた。
だが武闘派の二人相手にかなうはずもなく、
「ぐっ……」
本当に折るのではないかと思うほど腕を締め上げられ、目の前のトカゲは、
「悪く思うな。お互いの良好な関係のためだ」
そう言って、ナイフを振り上げた。

…………
視界の隅を残像が横切っていく。
過ぎ去った者たちは、室内の異様な光景に一切の反応をせず、止まった時計を
作業台に置くと、また、すーっと扉の向こうに消えた。
――かなり時計がたまったな……。
絶望的な思いで山を為しつつある時計を見る。
そして虚ろな目で天井を見上げた。
「時計屋、集中しろ」
ズボンの前を軽く緩めただけのトカゲが冷ややかに言う。
「っ!」
責め立てられながら手首をつかまれ、傷口に噛みつかれ、悲鳴を上げた。
もう悲鳴を押さえる虚勢すら張ることができない。
そして爬虫類は傷口から流れる赤に舌を這わせる。
「っ……」
「どうせこの傷が治るまで修理は出来ないんだ、あきらめろ」
新たな痛みにユリウスは顔をしかめた。
「そうそう。ユリウスは真面目すぎるんだ。少し休んだ方がいいぜ」
しゃがんだエースが笑いながらベルトを緩め、自分の……を出し、口元に突きつけた。
「ん……」
仰向けの状態で床に手をついて上半身を少し起こして口に含み、緩慢に愛撫を始める。
少しでも動くと全身の傷が痛むが、仕方ない。
「これで真面目、か?プライドのカケラもない奴だな」
「でも、ユリウスって無理やりさせたときの方がいつも乗るよな」
闇の中、こちらの苦痛もお構いなしに打ちつける者と、犬でも撫でるように頭を
撫でながら奉仕を強要する者同士が、雑談に興じている。

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