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甘やかした話・下

草原を吹き渡る風には朝の匂いが混じる。
朝焼けに染まる金色の空の下、ユリウスとエースは手をつないで帰る。
特にどこへ行くでもなく、寝る以外に何もしなかった逢瀬の帰り道だ。
一人はハートの城へ。
一人は時計塔へ。
エースは空いた手で頭をかきながら言う。
「俺としては、俺たちのこと、別におおやけにしちゃっても構わないんだけどな。
夢魔さんはともかく、今だって疑ってる奴は疑ってると思うぜ?」
エースは本当に平気そうだった。
「冗談ではない!同性愛者だとか××だとか塔に二人でこもって×××三昧だとか
国中に噂を立てられたいのか!?だいたいおまえは騎士としての誇りや外聞が――」
ガミガミと怒鳴ると、エースは辟易したように言った。
「わかった、わかったよ。ユリウスの基準はよく分からないぜ。まあ人目を忍ぶ恋ってのもいいか」
「響きだけはな……」
げんなりしてユリウスはエースの手をぎゅっと握る。
やがて、二人は分かれ道に来た。
ユリウスはハートの城に続く道を指す。
ここから見ても、あの個性的な城の形状がハッキリと分かる。
「いいか。この道をまっすぐだ。獣道にそれるな。
それたとしても城を目指せば必ずたどりつける、じゃあな」
そう言って手を離し、エースに背を向けると、
「あ、ちょっと待てよ、ユリウス!」
慌てたように呼び止められた。
「何だ?私は塔に帰ってすぐ仕事に取りかかる」
冷たく言うと、エースは、
「いや、何て言うかさ。最後にもう少し……」
「誰かに聞かれたらどうする。いいから早く行け!」
周囲を気にしながら言うと、エースはぶすっとつまらなそうな顔になり、
「ユリウスは冷たすぎるぜ。あーあ、こんなに冷たい恋人を持った俺は不幸だ……」
ワケの分からないことを言い、やはり違う道を進もうとする。
「ガキが……」
ユリウスはため息をつき、エースの手を取った。
「え?……っ!」
振り向いたエースに唇を重ねる。
一瞬だけ時が止まり、エースが間近で驚いたように目を見開いているのが見えた。
すぐに顔を離し、ユリウスは無表情に言ってやる。
「城で役目を果たしたら、また時計塔に来い」
「あ、ああ……」
まだ驚いた様子のエースに背を向け、ユリウスは時計塔への道を歩き出した。
心の中はちょっとした満足感に満たされていた。

…………

重い。作業がはかどらない。まだ修理すべき時計はいくつもあるのに。
「……馬鹿を甘やかした私が愚かだった」
時計塔で仕事をしているユリウスは、眼鏡をかけたまま不機嫌に言った。
「それって、どっちも馬鹿だってことだろ?ユリウスは難しく言うのが好きだな」
後ろから腕を首に回して甘えるエースは嬉しそうに言う。
ハートの城に追い返し、自分が時計塔に戻って数時間帯もしないうちにこれだ。
「後で相手をしてやるから、仕事の邪魔をするな。そこで先に寝ていろ」
わずらわしくなって、立ち上がって騎士をソファに追いやり、強引に寝かせる。
「俺はユリウスの恋人だぜ?恋人が仕事をしているのに、俺だけ先に寝るわけないだろう?」
仕事を放棄した騎士にキッパリと言われた。
が、ソファが意外と寝心地がいいのか、言葉の割にソファから下りもせず、ユリウスを見ている。
「好きにしろ」
ユリウスはエースを無視して作業台に戻り、工具を持って修理を再開した。
エースはなおも口説き文句だか雑談だかで話しかけていたが、ユリウスが無視し続ける
と、あきらめたのか、段々と静かになっていった。

「珈琲でも淹れるか……」
作業が一段落つき、ユリウスは眼鏡を外し、目元をマッサージする。
外を見ると時間帯が夜になっていた。
しかしそれまでに何度時間帯が変わったか分からない。
それくらい仕事に没頭していた。
「…………」
ふとユリウスは放蕩騎士の存在を思い出し、ソファを見る。
そこでは、エースがだらしない寝相でいびきをかいていた。
「馬鹿が……」
何となくソファのそばに行き、片膝をつく。
騎士は寝たふりではなく、完全に警戒心を解いた寝顔を見せていた。
「エース……」
唇を重ねる。すると騎士は身じろぎした。
「ん……」
騎士が起きそうだったので、あわてて離れる。襲われてはたまらない。
「もう少し寝ていろ」
ユリウスはコートをぬいで騎士にかけてやると、珈琲を淹れに歩き出す。
「仕方のない奴だ……」
それでも寝顔にほほえましさを感じ、ユリウスはほんの少しだけ微笑む。
エースが起きていたらきっと目を丸くしただろうと自覚しながら。
「さて、起きたら、またすぐ追いかえさねばな……」
そうは呟いてみても結局、実行はしないだろうが。
ユリウスは珈琲を淹れるのを中止し、ソファに行くと、床に座った。
何となくエースの頭を撫でながら、その身体にもたれかかる。
「ん……」
気がゆるみ、次第に睡魔が身体を覆ってくる。
ユリウスはさしてそれに抵抗せず身を任せる。
「エース……」
時間帯が変わり、窓から朝の光が差し込む。
鳥のさえずりを聞きながら、ユリウスは瞳を閉じた。
静寂に満ちた時計塔、銃声のない一時の平和、穏やかに眠る恋人の騎士。
――これが幸せなんだろうか。
ふと馬鹿馬鹿しいことが頭をかすめ、またフッと微笑む。
そのままユリウスはまどろみの中に落ちていった。

恋人とのひとときを、この上もなく至福に感じながら。

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