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■時計塔の大型犬3

ユリウスは地面を拳で叩く。
「だから!ここでなぜ迷子を拾うんだ!この前は顔なしが撃たれるのを普通に無視
していただろうが……!」
起き上がり、地団駄を踏む。
そして泣いている女児をしゃがんで慰める騎士を遠くから睨んだ。
騎士の持っている紙袋には出来たてのサンドイッチが入っている。
これでは迷った挙げ句、途中で食いかねない。あるいは迷子にやりかねない。
それだと始めからやりなおしだ。
「で、どうするんだ?時計屋」
「くそ……すぐに迷子の母親を探す!おい、おまえも手伝え!」
「え?あ、ああ、分かった……」
勢いに押されたのか三月ウサギがうなずいた。
「私はこっちを探す。おまえはそっちだ」
「わ、分かったぜ!」
二手に分かれ、走り出した。

母親はまっすぐ走って行って我が子を抱きしめた。
「ああ、良かった……!」
「おかあさーん!」
泣きながら抱きしめ合う母子。『見つかって良かったな』と呑気に笑う騎士。
それを柱の陰から見ていたユリウスと三月ウサギも胸をなで下ろす。
「街から出る前に見つかって良かった」
「森の方に行ったときはもう終わりかと思ったぜ」
二人で良かった良かったと顔を見合わせる。
「だが時計塔に帰るまでは油断が出来ない……ああ、また細い路地裏に……」
「大丈夫だ。あそこは道一本、曲がればまた大通りに出られるんだ」
「よし、偽看板で誘導するぞ」
「おう!」
二人は走り出した。

…………
誘導に次ぐ誘導、軌道修正に次ぐ軌道修正を繰り返し、どうにかエースは時計塔の
扉を開けて入っていった。
「よし、やっと塔に入った……!」
時計塔の柱の陰に立ち、ユリウスは疲れた顔で、拳を握る。
「一時はどうなるかと思ったぜ。本当に良かったな!」
三月ウサギに背中を叩かれ、うなずく。
「ああ、おまえもご苦労だったな」
「へへ、どうってことないぜ。だっておまえは俺の……俺の……あれ?」
ふと黙る三月ウサギに、それではなと片手を上げ、走り出す。
「時計屋ぁーっ!!」
後ろから怒号と銃声が飛ぶが、すでに時計塔の敷地内なので銃弾は当たらない。
ユリウスは気にせずに時計塔に戻った。

息を切らして階段を駆け上がり、一心不乱に作業場の扉を開ける。
すると、騎士がソファに座っていた。顔を上げ、嬉しそうに、
「ユリウス、厨房にでも行ってたのか?」
「あ、ああ。ちょっとな」
乱れる息を整えながら汗をぬぐう。
そんなユリウスにエースは誇らしげに、パンの匂いのする紙袋を差し出す。
「ほら、見ろよ!まっすぐにカフェに行って、ちゃんと戻ってこられたんだぜ!」
「おい!あれのどこがまっすぐ……コホン、そ、そうか、よくやったな」
「俺だってやるときはやる!釣り銭で珈琲豆も買ってきたんだ。一緒に飲もうな」」
「わかった……」
うなずいて珈琲豆を受け取ると、ユリウスはサイフォンに向かった。

…………
「何かユリウス、疲れてないか」
「……おまえこそ」
昼食を無事に終え、どちらもコートを脱ぎ、ソファで互いにもたれてくつろぐ。
テーブルの上に乗っている空の皿や珈琲カップを片づけなければと思うのに、心地良い
疲労感で、とてもそんな気にはなれない。
エースはさっさと体勢を崩し、ユリウスの膝の上に図々しく頭を乗せる。
「ん……」
小さくあくびをして、すぐに寝息を立てる。
「全く……世話の焼ける奴だ」
ユリウスは頭を撫でてやり、ため息をついた。
そして頭を撫でながら、いつの間にか自分自身もうとうとしてきた。
しかし、「いやいや」と首を振り、エースを起こさないようにそーっと頭をどかして
立ち上がる。すると騎士は寝ながらも気づいたのか空中を何か手探りし、
「ユリウス……」
とユリウスを探すようにする。それでも見つからないから、しまいには身体全体で
ごそごそと動き、起きそうだ。というかソファから落ちそうだ。
「…………」
ユリウスはあたりをキョロキョロと見、椅子にかけた自分のコートを見つけた。
そして恐る恐るエースの手に触れさせる。最初、エースは疑わしげにコートを触って
いたが、生地の手触りから誰の物か分かったらしい。
「ユリウス……」
ぬいぐるみのようにコートを抱え、安心しきった顔で丸まって寝息を立てた。
――犬……。
喉元まで出そうな言葉をあえてのみこみ、ユリウスは部屋を出て行った。

…………
窓の外は、星の美しい月夜だった。
暖かなランプの灯る時計塔の一室で、二人は夕食を取っていた。
「何か意外だぜ。ユリウスがまともな食事を作れるってさ」
「おまえこそ、テーブルマナーが出来ていたとは思わなかった」
品数の多い夕食は、ユリウスが時間をかけて作ったものだった。
エースは優雅にフォークとナイフを使い、肉を切る。
手つきだけはまるで本物の貴族で、マナーには一片の乱れもない。
「俺だって騎士だぜ?女王陛下の食事につきあうこともあるんだからさ」
「そうか」
「でもたいていは無視して陛下やペーターさんに怒られるんだけどな。あはは」
「目に浮かぶようだ……」
赤ワインをグラスに注ぎ、エースに渡してやる。
すると騎士はグラスをこちらに向け、
「遅いけど、乾杯」
「何にだ?」
「うーん、女王陛下の統治の盤石なるをと、時計塔の繁栄を願って?」
「どちらも無理だろう……」
言いながら二人でグラスを合わせた。

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