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■時計塔の大型犬2

「ユリウス、昼は外に食べに行こうぜ。パン半分だけで朝ご飯なんて足りないよ、
なあ行こうぜ」
大型犬のようにつきまとう馬鹿を相手にせず作業場に戻って服を着る。
「ユリウス、なあ、ユリウス。新しいカフェのサンドイッチが美味いんだってさ」
椅子に座り、時計修理を再開しようとすると、首に腕を巻きつけ妨害される。
そのカフェなら知っている。最近出来た評判の店で、ユリウスもときどき食べに
行っていた。けれど、騎士と仲良く行くのも、思惑に乗るようで腹が立つ。
「あ、ユリウスの髪、良い匂いがする」
髪の匂いをかがれるという気色悪い真似までされ、もう限界だった。
「やかましい!食いに行きたいのなら一人で行け!」
すると即座に、
「一緒じゃなきゃ意味がないだろ。ほら、行くぜ」
相手にしたことで調子に乗ったのか、ますます身体を押しつけてくる。
このまま構わなければ、最終的に押し倒されそうな予感がする。
ユリウスは渋々、懐から多めの金額を出すと、エースに渡した。
「二人分のサンドイッチを買ってこい。残額はおまえにやるから」
「……ユリウス。俺が迷子になるって知ってて言ってるだろ」
案の定、渋って行きたがらない。仕方なく、
「ちゃんと帰ってきたらサービスしてやる。たまには人に道を聞け」
馬鹿は『サービス』という言葉にしっかり反応した。
「よし、ちゃんと行ってくるぜ!期待してるからな、ユリウス!」
「ああ。頑張れ」
張り切って去って行く馬鹿を見送り、ユリウスはやっと安堵の息を吐いた。
「さて、仕事をするか」
と、ドライバーを持ち、最初の時計を手に取った。
「…………」
遠ざかる足音。
部屋がやけに静かだ。
「…………」
ユリウスは苛々と机を叩く。最初のネジを取ろうとしたが、指からネジが転がり、
床に落ちてしまう。それを拾って、また苛々する。
そして、しばらく経って言った。
「…………私も買いにいくだけだ。あの馬鹿は戻ってこないだろうからな」
ついにユリウスは眼鏡を外して立ち上がった。

…………
エースは街を歩いている。
キョロキョロと辺りを見回し、ワケの分からない方向に確信を持って歩き、通行人に
道を聞き、彼らが指を指したのと全く違う方向に歩いて行く。
もちろんその方向にカフェはない。
「…………馬鹿だ」
今さらながらに確認する。
もはや街どころか森の方向に行こうとしているのに、疑問に思う様子もない。
ユリウスは長い前髪をかきむしり、
「くそ……おい、そこのおまえ!」
隣を歩いている顔なしの肩を問答無用でつかんだ。
「は……はい!?」
役持ちの葬儀屋に突然怒鳴られ、顔なしは顔を強ばらせた。
ユリウスは無視して、エースを指すと、
「あそこの馬鹿に『360度回転してまっすぐ進め』と伝えろ!」
と怒鳴る。顔なしは戸惑いながら、
「え……で、ですが、それだと単なる一回転……」
「いいから行け!撃たれたいか!」
「は、はい!」
顔なしは一目散に走っていき、エースを捕まえた。
ユリウスは柱の陰に隠れながら、ハラハラとやりとりを見守る。
ほどなくして、騎士はクルッと半回転し、街の方向に戻って来た。
「よし……馬鹿で良かった」
一息つき、ユリウスは別の場所に隠れるべく柱の陰から出た。

騎士は路地裏の『通行止め』の看板の前で立ち止まる。
「あれ?ここも行き止まりか。騎士なのにまっすぐ進めないなんておかしいぜ」
エースはグチグチ言いながらも、大通りの方向に戻っていく。
「…………」
看板の後ろから顔を出したユリウスは、手製の看板を蹴って転がす。そのとき、
ちょいちょいと、袖を引っぱられた。
「ああ?」
振り向くと残像が壊れた時計を差し出している。
「横着するんじゃない!時計塔までちゃんと持って行け!」
怒鳴りつけて追い払うと、騎士の先回りをするべく別の道を走り出した。

「あいつは……」
ユリウスは壁に穴が空きそうなほどレンガをつかむ。
騎士は、通りの向こうで子猫を腕に抱いている。ニャーニャー鳴く子猫に、
「うーん、正義の騎士としては、放っておけないなあ」
と、困って首をかしげている。しかし今にも子猫の首に手をかけそうだった。
「あの馬鹿。また余計なことに時間を……くそ、馬鹿だから息の根を止めた後に
埋葬しかねない。そうしたらまた余計な寄り道が……」
ユリウスが壁の陰から歯がみしていると、
「おい、久しぶりだな、時計屋」
凶悪な声がし、振り向くと三月ウサギが銃をこちらに向けていた。
「やかましい!私は子猫の飼い主を探すのに忙しいんだ!」
大音量で怒鳴りつけ、『は……?』と固まる三月ウサギを尻目に走りだした。

「いいから、あの馬鹿のところに行って『子猫が欲しい』と言え!」
ギリギリと襟首を締め上げると、顔なしはコクコクうなずき、解放してすぐに
走って行った。ほどなくして騎士から子猫を受け取り、騎士は去って行く。
ユリウスはホッと胸をなで下ろし、
「よし、あと少しだ……」
「……何があと少しなんだ?」
何となくついてきたらしい三月ウサギが戸惑いがちに言う。応えるより先に、
「あ、あの……この子猫、どうすれば……」
顔なしが戻って来て、言う。
「おまえが飼え!」
ぞんざいに怒鳴り、走り出す。今は騎士の行き先だけしか頭にない。
「お、おい、待てよ時計屋!」
「え、いいんですか?飼っちゃって」
後ろの三月ウサギや何か嬉しそうな顔なしは無視して、ユリウスはまた走り出した。

「いいか、あの騎士を追いかけるんだ、よし行け!」
リードを放すなり、犬は一目散に騎士の元に走る。
振り向き、驚愕の表情で走り出すエース。
「よし、このまま、まっすぐ行けばカフェだ……」
「ちょっと時計屋さま、うちの犬を勝手に放さないでくださいよ!」
「いや、あんたが道を教えてやれよ……」
抗議する散歩中の顔なしや三月ウサギのツッコミは無視して、ユリウスは走った。
カフェにさえ入れば、あとは戻るだけだった。

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