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■ゴーランドさんと一緒2

――こんなことをして、何が楽しいんだろうか。
「そんな陰鬱な顔で観覧車に乗る客は初めてだなあ」
無理やり隣に座ったゴーランドは心配そうに顔をのぞきこんでくる。
彼の手はユリウスの肩に回され、今にも顔が触れあいそうだ。
「せっかく客が『順番を譲って』くれたのに何か心ここにあらずだよなあ」
「い、いや、その……」
追及され、返答に困る。
目をそらし観覧車の外を見ると、懐かしい時計塔が見える。
横で肩を抱いている男がいなければ、今頃はあの塔で時計の修理をしていた。
ぼんやりと時計塔を眺めていると、ゴーランドが少し暗い声で、
「なあ、時計屋。やっぱり、俺の告白を受けたこと、後悔しているのか?」
「っ!」
図星をつかれ、思わず言葉につまる。だけど必死で、
「そ、そんなことはない!」
「そっか。それならいいんだけどよ」
そう言ってゴーランドは笑ってユリウスを抱き寄せる。
そしてユリウスはハッとした。
――今のは、もしかしたら断るチャンスだったのではないか?
ゴーランドは物わかりの良い男だ。ユリウスが真剣に断れば、告白を無かったことに
して、今まで通りにつきあってくれるだろう。
だが自分は否定してしまった。
――な、何で……。
ふと、外の時間帯が代わり、夕暮れになる。一瞬だが観覧車の中が薄暗くなった。
そのとき、ゴーランドがユリウスの顔を自分の方に向かせ、唇を重ねてきた。
「――っ!!」
すぐに顔が離れ、その瞬間に観覧車の中に灯りがつく。
「どう思った?時計屋」
殴るか怒るべきなのだろうが、決まり悪くてゴーランドの顔が見られない。
仕方なく黙ってうつむいていると、ゴーランドが少し呆れたように、
「何かさ、おまえって乙女なところあるよな」
「う、うるさいっ!!」
顔を上げ、怒鳴るとゴーランドはニヤニヤしながら、
「可愛いぜ、時計屋」
「このっ……」
席を立って殴ろうとしたとき、観覧車が止まり、扉が開いた。
「気が早いなあ。そんなに早く俺の部屋に行きたかったか?」
笑いながら立ち上がり、外へ出た。怒るタイミングを失ったユリウスも慌てて
外へ出る。黄昏の遊園地は昼とも夜とも違い、どこか陰のある雰囲気だった。
ユリウスはゴーランドの背中を捜し――その足が止まった。
「エース」

観覧車から少し離れた場所に、ハートの騎士が立っていた。

そして、騎士と向き合い、険しい顔をしているゴーランド。
部下は例によって迷い込んできたらしい。
己の上司に、いかにも今気づいたように手を振り、
「ユリウスー!奇遇だな。一緒に遊ぼうぜ」
だがゴーランドは静かに、
「悪いけどな、時計屋は俺と仕事の話があるんだ。別の機会にしてくれねえか?」
だがエースは爽やかな笑顔で、
「じゃあ、終わるまで待ってるよ。俺は気が長い男だからね。
仕事の話と言ったって、そんなに長くはかからないだろ?」
だがゴーランドはきっぱりと首をふる。
「いや、難しい話だ。いつ終わるか分からないんだ」
するとエースは、
「あはは。オーナーさんは長いつもりでも、実は短いかもしれないだろ?」
「なら、アトラクションで遊んでてくれねえか?
全部乗ってるうちに終わるかもな」
「俺が遊園地なんて複雑な場所を回ったら、迷子になるって分かって言ってるだろ?
部屋の外で待つよ……それとも、部下が上司を待つのに理由がいると思う?」
エースの声には陰も棘もない。だが、何か含みがある気がして仕方ない。
「それにさ。こんな時間帯に来ている客なんてカップルばっかりだろ?
誰も見てないと思ってイチャついてキスしてる奴らを見たら……斬っちゃいそうだ」
「っ!」
ユリウスは自分の時計が止まるかと思った。
まさか、エースは見ていたのだろうか。観覧車の中のあの一瞬の出来事を。
だがゴーランドは冷ややかに、

「あんたの上司は女王だろう。それに領主同士の会談だ。
格下のカードは遠慮してくれ」

傍で聞いていたユリウスは驚いた。
ゴーランドはこんなきつい物言いをする男ではなかった。
従業員や顔なしに対して、地位を笠に着る発言をしたことはない。
そして一瞬、エースの全身から殺気が膨れあがり――すぐに収束した。
「まあ、確かに俺は一介の騎士だからね。騎士ごときじゃ、逆らえないな」
内面を見せず爽やかに笑い、そしてわざとらしくゴーランドに、騎士の最敬礼をし、
「騎士風情の過ぎたるが振る舞い、なにとぞご寛恕なられますようお願い申し上げます。
御下賜いただきました諌言、しかと我が胸の時計に刻み、愚行を繰り返さぬ所存でございます」
そしてユリウスには軽く手を振り、
「それじゃあ。あとで時計塔でなー、ユリウス」
騎士は一度も振り返らずに黄昏の遊園地の出口――を目指そうとしたのだろうが、
逆にジェットコースターの長蛇の列まで歩き、なぜかそのまま並び始めた。
「ちっ。思ってたよりガキだなあ。盗られそうだからって嫌味ぶつけやがって」
ゴーランドが苦々しく舌打ちした。ユリウスはそれを見、慌てて、
「おい。あいつと私はそういう関係ではないぞ?何か誤解していないか?」
「おまえはそう思っていても、向こうはどうかな」
そしてユリウスの手を引っぱった。夕暮れとはいえ、客も従業員もいる。
「お、おい、ゴーランド!まだ明るいんだぞ!手を――」
「うるせえ!とにかく行くぞ!」
ゴーランドが怒ったところで迫力など皆無に等しい。
だがユリウスはなぜか逆らえなかった。
半ば引きずられるように、ユリウスはゴーランドの館まで連れて行かれた。

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