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■ゴーランドさんと一緒1

※R18

よく晴れた昼だった。
時計屋ユリウスは陰鬱な顔で遊園地にいた。
「来てもらって悪いな、時計屋」
軽薄なゲートをくぐるなり、オーナーの出迎えを受けた。
珍奇な服装、中途半端な三つ編み、なぜか常時携帯している妙なバイオリン。
メリー=ゴーランドは名前も含め、どこからどこまでも変わった男だ。

「仕事だ。終わらせたら帰る」
それだけ簡素に応えると、
「おいおい。いきなり仕事の話なんてつまらねえ男だな。
ほら、あの観覧車さ、デザインを新しくしたんだ。どう思う?」
どう思うと言われたところで、興味のないものに感想がわくはずもない。
「別に」
それだけ言うと、なぜか相手は弾けたように笑い出す。
「お、おまえ、相変わらず面白い男だなあ。『別に』かよ、『別に』!」
うるさい男だ。なぜかこちらの回答がツボにはまったらしく腹を抱えて笑っている。
そしてやけになれなれしく肩に手を回し、
「なあ、遊園地で遊んで行けよ。おまえは働きすぎなんだ。少し遊ぼうぜ」
「遊園地に興味などない」
きっぱり言うが、オーナーは上機嫌に、肩から手を離し、ユリウスの手を引っぱる。
「じゃあ、まずはジェットコースターからだな」
「……おい、ゴーランドっ!!」
真っ青になって叫ぶと、彼は笑って振り返った。
「ははは。冗談だ。おまえの苦手なものを勧めたりしないさ。
あー、でも、嫌がるおまえの顔もちょっと見たいけどな」
「おい……」
「じゃ、行こうぜ!よし!最初は観覧車だな!」
彼はスキップでもしそうに上機嫌だった。
「何で、おまえはそうテンションが高いんだ……」
後に続きながらげんなりして言うと、彼は勢い良く振り向き、
「そりゃそうだ。好きな奴と恋人同士になれたんだからな!」
と言った。

…………

――何で、自分はこの男と恋人になったんだ。
ユリウスは頭を抱えるしかない。
もともと遊園地と時計塔の関係は良好だった。
遊園地のオーナーであるゴーランドは、鮮血の女王やいかれ帽子屋と違い、温和で
知られた男だった。
それゆえに時計屋とゴーランドもしばしば語り合い、不本意ながら遊園地の遊具に
『点検』と称して一緒に乗らされることも多く、過ごす時間も長かった。
そしてあるとき。

『なあ、時計屋。おまえが好きなんだ。つきあわないか?』
『わかった』
そして、二人はつきあうことになった。

……ユリウスは後に時計塔に帰り、頭を抱えたものだった。

――おかしくないか。おかしいだろう。なぜ一気に恋人へ跳躍するんだ?

地位も身分も性別も丸投げで告白するゴーランドもおかしい。
だが告白を受け『わかった』の一言で受け入れた自分はもっとおかしい。
承諾してから間を置き、我に返って断ろうとはした。
だがそのときには、ゴーランドがバイオリンで歓喜のメロディを奏で始め、前言撤回
するタイミングを完全に失してしまった。
ともかく訳が分からないながら、ゴーランドは恋人なのだ。

「時計屋、どうした?緊張するか?」
「あ、ああ……」
「はは。振り落とされやしねえよ。ピンクの猫が改造してなけりゃな」
観覧車の行列に並びながら、ゴーランドが片目をつぶる。
「というか、オーナーなんだから、並ばずに乗れるだろうが」
点検なら客も文句を言うまい。けれどゴーランドはこちらに顔を寄せ悪戯っぽく、
「一緒に待つ時間が楽しいんだ。観覧車の次は回転木馬を『点検』しようぜ」
「…………」
男同士で観覧車に回転木馬。
絶叫系以外だとそうなるのは仕方ないが何だろう……こう、背中がむずがゆい。
なのになぜ断れないのだろう。
黙り込み、返答しないでいると、ゴーランドが再び顔を寄せ、
「嫌なら、『仕事の話をする』ため俺の部屋に行く流れになるが……」
「い、いや、いい!次は回転木馬だな。了解した!」
ユリウスは慌ててうなずいた。するとゴーランドは陽気に笑って背中を叩く。
「そう警戒するなって。今は何もしねえよ。一緒に飯食って酒でも飲もうぜ」
『今は』という言葉には不安があるが、とりあえず何もしないと約束した以上は
本当に何もないだろう。頷くと、ゴーランドはますます上機嫌になり、
「よし!それじゃあ盛り上げていくぜ!!」
そして……バイオリンを取り出した。他の客が凍りつく気配。
次の瞬間、列に並んでいた客が我先にと走り出す。
従業員も脱兎のごとく駆け去り、観覧車の列にはユリウスとゴーランドしかいない。
「よし、聞いてくれ!俺の捧げる愛のバラード!!」
「――っ!!」
そして、地獄の旋律が始まった。

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