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■エースを嫁にしてみた・上

※R18

――暇だ……。
時計屋ユリウスは時計塔の窓から外を眺め、あくびをかみ殺していた。
何でだか、抗争があまり起きず、回収すべき時計もなく、直す時計もない。
部屋の片づけ、塔の補修、掃除洗濯と、やることはそれなりにあるものの、
元来引きこもり体質の時計屋は、仕事以外に身体を動かすのが面倒だった。
――退屈だ……。
理不尽な悩みに鋭敏な頭を使うこともなく、ユリウスは怠惰に過ごしていた。
そのとき、
「ユリウスー!久しぶりだなっ!」
扉を破壊する勢いで現れたのは、彼の部下だった。
――暇だ……。
しかし相手をするのもおっくうで、ユリウスは窓の外をボーッと見続ける。
「いやあ、今回の冒険も大変だったぜ。道を踏み外したと思ったら滝に……」
騎士はユリウスの無視に気づいているのかいないのか、ベラベラとしゃべり出す。
てきとうにあいづちを打ちながらウトウトしていると、
――ん……。
何やら胸のあたりをサワサワと探る気配が……
「エース」
それ以上、声を出すのが面倒で、名前だけ呼んでたしなめる。
「そういうわけで、寂しい部下を慰めてくれよ、ユリウス」
「…………」
面倒だ。だが逆らうのもそれはそれで面倒だ。
どうしようか。
「ん……」
とりあえず不機嫌にうなっていると、
「ユリウス、やる気ないんだな。そのうちコケが生えるぜ」
生えてたまるか。いちおう抵抗することに決め、エースの手を押さえる。
しかし、もちろん体力差は歴然としている。
「んー……」
逆に押さえつけられ、さっさと手を離すとエースはつまらなさそうに、
「ユリウス。×××プレイなら、もっと真剣に抵抗してくれよ。
そう、心底からダルそうに抵抗されちゃ、燃えるものも燃えないぜ」
少しはこちらをその気にさせようとしているのか、手が服の中に潜り込み、肌に触れる。
「……ん……」
気持ちのいい箇所に触られ、声が出る。
声の変化に気づいたか、エースは少しずつ下に手をずらしながら、ニヤニヤと、
「どこを触ってほしい?ユリウスの口から直接聞きたいなあ」
「…………眠い」
「は?」
ユリウスはようやく、気だるさの正体を突き止めた。
眠いのだ。寝よう、不毛な行為はどうでもいい。今すぐ寝よう。
エースをふりほどいて、椅子から立ち上がり、ロフトベッドに向かう。
「ユリウスーっ!いくら心の広い俺でも怒るぜ?」
あわてて、犬のように後をついてくる、赤い騎士。
けれどユリウスは仏頂面でハシゴを上る。
「ユリウス。なあ、ユリウスー」
「うるさいっ!」
半ばまで上ったユリウスは、下からコートの裾を引っぱる騎士を、無情に蹴りつけた。
「うわっ!!」

当然のことながら、バランスを崩し、頭から転落する騎士。
痛そうな音。そして静寂。

「…………」
ユリウスは半眼で、ピクリともしない部下を睨む。
――……時計が止まったか?
こんなアホらしい終わり方。悲しいような、むしろふさわしいような。
というか、周囲にはどう説明する。
襲われかけたのを抵抗して、反撃したら自滅しましたとか?
――念のため、数発撃ち込んでとどめをさしておくか?
イマイチ現実感がなく、不穏な方向に思考が行きかけたとき、騎士の手が動いた。
「何だ、生きてるのか」
ためいきをついてベッドに上がる。下ではムクリとエースが起き上がる気配。
「うーん……」
だるそうな声。ユリウスはコートを適当に脱ぎ、寝ようと目を閉じる。
そして、下から声が聞こえた。
「俺は……誰なんだ?」
ユリウスは不機嫌に目を開けた。
「思い出せないぜ……俺は誰で、今まで何をしてたんだ?」
「…………」
「ここ、俺の部屋なのか?何か食うものあるかな……」
馬鹿がゴソゴソと部屋を荒らそうとする気配。
ユリウスは今にも眠りの園に旅立ちたい心持ちで、ベッドから顔をのぞかせる。
すると不安げに辺りを見ていた部下と目が合った。
子犬のように目を輝かせる騎士。
「あ、そこの暗そうな人!俺が誰なのか教えてくれないか?」
「…………」
面倒くさい。かったるい、うっとうしい、冗談ではない。
「あ、ちょっと待ってくれよ、暗そうな人!」
背を向けて寝ようとするユリウスに、エースがあわててすがる。
「……私の名は『暗そうな人』ではない」
背中越しにジロッと睨むと、ベッドのハシゴを上がってきたエースが笑う。
「あはは、そうなんだ。で、俺は誰なんだ?」
「…………」
面倒くさい。安眠を妨害された恨みもあり、適当な答えを返してやろうと決める。

「おまえは私の妻だ。この前、結婚した」

「……………………は?」

予想通り、エースが呆気に取られた顔をする。
「え、ええ?そうなのか?俺が、こんな暗そうな人の奥さん?
というか、俺って女だったのか?」
記憶喪失のせいか、元から馬鹿だったせいか、エースは半分くらい信じたようだ。
「おまえは男だ。女で妻のなり手がいなかったから、男のおまえを妻にしたんだ」
「ああ、そうなのか。それなら納得だぜ」
いや、納得するか普通。
平素ならすぐツッコミを入れ、本当のところを説明してやるのだが、面倒で仕方ない。
「だから片づけと塔の補修、掃除洗濯と、食事の支度を全部終わらせておけ」
「ああ、分かった!妻として立派にやってみせるぜ!」
馬鹿は爽やかにハシゴを下りていく。
――まあ、あんな嘘八百をいつまでも信じはしまい。
どうせすぐ元の記憶を取り戻して、さっさと出て行くだろう。
ユリウスは今度こそ眠りの園に旅立った。


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