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■時計屋の道具


銃に変化するスパナ。
これこそがユリウスの最強の武器であり、彼の最も誇りとする仕事道具であろう。
……と、誰もが思っていた。

「このスパナは仕事と関係がない」

「そうなのか?」
クローバーの塔と併設している時計塔の作業室のこと。
ココアを運んできたグレイは、そう語るユリウスに聞き返した。

ユリウスは器用にクルクルとスパナを回しながら、うなずいた。
「このサイズだぞ?精密機械をこんな大きなスパナで直すわけがないだろう」
そう言うと、グレイも合点がいったという風にうなずく。
「そうだな。いや、あまりにも頻繁に持ち歩いているので勘違いしていた」
「そうか」
「………………」
「………………」
そのまま会話が途絶えるかと思われた。
だが、グレイは何か言いたそうにユリウスの顔を見た。
「何だ?」
「なあ、武器をもう少し時計屋にふさわしい工具に変えたらどうだ?
全く時計修理に縁のないものを武器にしても……何と言うか違和感が」
「別にかまわないだろう。打撃力はあるし、仕事と関係がないとは言っても時計塔の
修繕などには使うから、個人的に重宝している」
「い、いや、打撃力などと言われると、何というか、なあ……」
「何だ、気に入らないならハッキリ言え」
苛々したように言うと、ようやくグレイは口を開く。
「俺は、お前とつきあうようになって、葬儀……いや、時計屋の仕事を崇高なもの
だと考えを改めるようになった。だから、その……」
「いや、別に私とお前はつきあっていないし、承諾した覚えもないが」
キッパリとトカゲに否定する。
「だから何と言うか、お前は崇高な仕事にふさわしい、もっといい形状の武器を
持ってもいいのではないか?その方が、きっとお前に似合うと思う」
……見事にスルーされた。
「要はもっと見栄えの良い武器にしてほしいということか?」
ユリウスは腰に手を当て、ため息をついた。
「まあ、そのとおりだ。いや……だが、どんな武器にするかは時計屋の自由だ。
すまない。俺の勝手な希望だったな」
残念そうに微笑み、グレイはうつむく。
「う……」
ユリウスはつまった。そういう風に引かれてしまうと、何やら罪悪感がわいてくる。
「いや、まあ別にスパナでなくとも困らんし……。
い、今は暇だから別のものに変えてやらんこともないが」
「そうか?ならいろいろ試してみせてくれ!」
グレイの顔が輝く。ユリウスはため息をついた。

…………
「で、スパナに変わる新しい武器が、これか?」
「見事だろう?この滑らかな曲線、計算しつくされた形状と角度……」
ユリウスは、鋭い銀を放つ『ピンセット』を宙にかざす。
先端は針のように細いが、護身武器兼用なので長めにあつらえてある。
グレイも魅入られたようだった。
「確かに、ピンセットといえど、この美しさは芸術品の域だな。
だがピンセットは、時計屋の工具だったのか?」
「代表的工具だ。何と言っても精密部品を扱うから最も使う頻度が高い。
日常使いにもいろいろ役に立つしな。よし、次の武器はこれに決め――」

「い、いや、ちょっと待て、時計屋!ピンセットでどう戦うんだ!
刺すのか?いや、刺すんだろう?それしかないな……」

恐ろしい想像でもしたのか、妙に震えるグレイ。
「短剣でも刺すだろうが」
「いや、ピンセットの方が生々しいと言うか……その、すまないが止めてほしい」
注文の多い男だ。

「ピンセットの次に使うのはこれだな」
ユリウスはドライバーをグレイに見せる。
「もちろん、ネジを回し歯車などを固定するのに使う。
時計修理用の精密サイズだから、先端が細く出来ている」
「ほう、細かい形状といい、巧緻を極めた造りだ。いや、実に大したものだな」
グレイは感心したようにドライバーを眺めていたが、やがて眉をひそめる。
「だが待て。いくらなんでも細すぎだろう。さっきのピンセットと五十歩百歩だぞ」
「大きいとネジが傷つく。わずかな歪みが時計の完成度を致命的に壊すんだ」
「いや護身武器にそこまでこだわりを持たなくとも……。
いや、まあやはりドライバーも刺すだけだよな。もっと無難な武器はないのか?」
「ノギスはどうだろう」
「凝ったつくりだ。だが物差しは武器にはなあ……」
「うるさい奴だ。針抜きと針押さえはどうだ。これも時計屋に必須の工具だ」
「いや、それもいい道具だが、それも結局刺すだけで」
「そうか?なら次は――」

…………

「あとはもうサンドペーパーくらいしかないが」
「……時計屋」
「冗談だ」
グレイはため息をついて煙草を吸う。
ユリウスも横でサンドペーパーを引き出しにしまう。
「華やかな仕事でなくて悪いな。トカゲ。
まあ、スパナが嫌なら普段から銃にして持ち歩くさ」
言ってユリウスはグレイをうかがう。
するとてっきり不機嫌になっているかと思ったグレイが、優しい眼差しでユリウスを見ていた。
「何だ、気味の悪い……」
グレイはフッと笑う。
「いや何だかんだ言っても、お前は仕事を愛しているのだと思って、な」
「なっ……い、いったい何を見て……?」
想定外のことを言われ、言葉が出ない。
「お前、自分の工具を私に説明するときの自分の顔を知っているのか?
宝物を見せる子供のように嬉しそうで、誇らしげだった」
「っ!!」
そういえば、そうだったかも、しれない。
自分の仕事道具に賞賛の言葉をかけられるなど、初めてのことだった。
グレイもあれこれ注文をつけつつ、どの品も感心したように見てくれる。
だから、あれもこれもと、ついつい見せてしまった。
狼狽するユリウスにグレイは笑顔を見せる。
「少し道具に妬いた。お前が疎みつつも愛し大切にする仕事道具にな」
「その、わ、私は時計屋、だからな」
「武器の見栄えなど無駄なおせっかいだったな。お前はやはり優れた職人だ。
仕事を愛する男に惚れるという女の気持ちが、少し分かった気がする」
「だから……しらふでそういう恥ずかしいことを言うな……」
頬を赤く染めながら言って、ユリウスは慌ただしく道具をしまう。
そのとき、ユリウスが手に取ったものにグレイが目を留めたようだった。
「それは?」
「機械油……まあ、潤滑油だな」
ごく普通に答えると、グレイが横から手を伸ばし、ユリウスが持っていた瓶を取る。
何が気に入ったのか、煙草を吸いながら、上から下から愛想のないラベルを眺め、
「時計屋御用達なら、さぞ良いものなんだろうな」
「申し分ない。特注で作らせている最高級の逸品だ」
「なるほど、あらゆるものにこだわっているわけだな」
トカゲは笑ってタバコを灰皿に置く。そして
「おい、しまうから、そろそろ返せ」
手を伸ばすと、グレイはそのままその腕を取り、顔を引き寄せ口づけを落とした。
「おい、トカゲ……っ!!」
もがくが、通じる相手ではない。グレイはユリウスを抱きしめ、
「具合を試させてもらおう。まあ、お前の選んだ道具に間違いがあるとは思えないが」
――いや、使用法を誤っている時点で……
言葉にする前に再度口づけられる。
そしてグレイはユリウスの服に手をかけた……。

…………

後日。
「武器が何だっていいのなら、使いやすくて攻撃力があるものの方がいいな」
「時計屋、バールはやめてくれ!バールは!
もう何か、不良か解体屋にしか見えないだろう!」

……いろいろ夢の多いグレイだった。

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