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■子犬になった話8

酸欠になるかというほど口内を荒らされ、ようやく離れたかと思うと、エースの
舌はユリウスの開かれた胸を這い回る。
「エース、落ち着け……っ!」
だがエースが止まる気配はない。速すぎてこちらが快感を覚えるどころではない。
「ユリウス……ユリウス……」
うわ言のようにそれだけを繰り返し、再び唇を合わせてきた。もう行動に一貫性がない。
口内を探る舌のぬめる感触、熱い息、高い体温、抱きしめる腕の強い力。
眼鏡のせいか、緋色の瞳をやけに近く感じる。
エースはそれに気づくとふっと微笑んで、修復された眼鏡のフレームを撫でた。
そうして起き上がると、ズボンのベルトを緩める。見上げるそれは、すでに十分に
大きくなっている。
「おい、少し待て。こっちはまだ――」
愛撫もおざなりで、とてもそんな気分ではない。
だがエースはほとんど無理やりにユリウスのズボンを脱がすと、後ろに自分のモノを
押し当てた。
「本当に待てっ!少しはこちらのことも……――ぅっ!!」
慣らしもせずに、強引に押し入られた。力と勢いにまかせた、ほとんど暴行同然の
行為だ。激しい痛みと憤りに、ユリウスは殺意さえ込めた目でエースを睨む。
そのユリウスの胸に、数滴の何かが零れ落ちた。
――……?
汗だろうか。だが自分に触れるエースに、零れるほど汗をかいている様子はない。
「ユリウス……ユリウス……っ!」
ここまで無理やりでは入れた側も楽ではないだろうに、エースは構うことなく動き出す。
「エース……っ」
激しく押し入られるごとに痛みが走る。そして時おり何か熱いものがユリウスの身体に零れた。
眼鏡で良好になった視界で何とかエースの顔を見ようとするが、昼の日差しのせいで
エースの顔は逆光になっていて、よく見えない。性急な行為だし、やはり汗だろうと
結論づける。
彼は相変わらず力任せで責め立てる。だがエース自身の先走りが何とか潤滑油になり
少しずつだが痛みが和らいでくる。
「はあ……はあ……」
荒い息と、内部に打ちつけられる熱い塊と、内部をかき混ぜる濡れた音、そして
時おり零される雫。
――犬の姿なら、分かるのにな。
雫が汗かそれ以外のものか、化学物質の違いで嗅ぎ分けられるのに。
だが、ユリウスの喉から出る苦鳴の声も次第に艶を帯びてくる。
エースの方も、それを感じてか動きを速め、内部に収められたものが硬さを増していく。
ユリウスは自分の身体を一心不乱に責め立てるエースの手がかすかに汗ばんできて
いるのを感じた。
――ああ、なんだ。やはり汗か。
どこか失望する。やはり役割放棄と性欲処理の対象としか見られていなかったのか。
だがそれで冷めるには、ユリウスの方も十分に反応していた。
「ユリウス……」
自分をひたすらに呼ぶエースは硬さを一層増し、限界が近いのかさらに動きを速め、
突き上げる。ユリウスも動きを合わせるように身体を動かし、自分も快楽に集中しようとした。
「ユリウス……っ!」
一際強く叫ぶ声、身体に零れる数滴の汗。そしてユリウスは、吐き出される欲望を
内側で受け止め、それを刺激に、自分自身も達した。
ゆっくりとユリウスの中から出たエースは、そのままユリウスに覆いかぶさり、抱きしめた。
圧迫と痛みから解放されたユリウスは眼鏡をかけた目をこらし、エースをよく見た。
だが長いこと伏せっていた後に激しい運動をしたハートの騎士の顔はすっかり
疲労の汗を流していて――ユリウスの心に暗い波紋を広げた。

…………

時間帯が変わり、夜が来て、夕方になり、また朝が来る。
だが時計塔の中では変わらない行為が繰り広げられている。
「ユリウス……ユリウス……っ!!」
エースはひたすらにユリウスに腰を打ちつけ、何度目か数えるのも馬鹿らしい
精を吐き出す。
ユリウスはどこか冷たい目で、再び動き出すエースを見ながら、考える。
――呪いの解けた王子と王女は普通幸せになるものだが……。

やはり男同士なのが悪かったのだろうか。王子と王子ではただの喜劇だ。
それに、自分は自力で呪いを解いたようなものだ。
物語なら『愛』ゆえに変身を見抜くだろうに、エースは最後まで気づかなかった。
――それに何が正しいかは、誰にも分からないからな。
心の内で騎士に下した言葉が自分にも戻ってくる。
あのとき、二人で逝くことより生を選択した。それが正しいのか未だに分からない。
自分の名を呼び、打ちつけるこの男は、いつか自分を後ろから斬るのだろうか。
だとすれば、それは、いつ、何がきっかけになるのだろう。

ユリウスは馬鹿馬鹿しい想像を止め、目を閉じて騎士自身を感じようとする。
何度も吐き出し、やや反応が遅くなっているが、騎士は変わらない強さで突き上げる。
「エース……!」
ユリウスもエースに手をのばし、求めて叫んだ。快楽に理性を放棄して。

そして時計塔の宴は、熱く強く、いつまでも続いた。
互いの思いを、欲望の奥深くに隠しながら。

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