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■子犬になった話4

「ここが時計塔だぜ。ようやく着いた!!」
長い彷徨の果てに、騎士はようやく時計塔にたどり着いた。
しかしユリウスは低く唸る。
――あの女……。
子犬を逃がした腹いせか、扉は完璧に破壊されている。
原形をとどめないほど壊れた扉を見て、騎士は首を傾げた。
「扉が……あはは。ユリウスに壊れてるって教えてやろう」
――あとで迷惑料を請求してやるっ!
騎士の腕の中でユリウスは決意を固めた。
しかし扉もひどいが内部はもっとひどかった。荒らされ、あちこち破壊されている。
こういう世界だ。主がいないのをいいことに盗人が入ったようだ。
――あとで覚えてろ、火事場泥棒どもめ……。
用語の使い方が若干間違っているかもしれないが、とにかくユリウスは激怒した。
「どうしたんだ。ユリウスがこんなにひどいの放置しておくなんて」
騎士は首をひねりながら、足早に階段を駆ける。泥棒か、女王の八つ当たりか、上に
行くにつれ、状況はさらにひどくなった。
部屋はことごとく開けられ貴重品を持ち去られている。手すりは折れ、飾りの時計
部品まで破壊され、と荒らされた箇所は増える一方だった。
「ユリウスっ!」
――いや、私はここにいるんだが。
子犬の声が聞こえるわけもなく、騎士は走り出した。
胸元のユリウスは激しく揺れ、振り落とされそうになる。
だが騎士は全く構わずに一心に階段を駆け上がる。
そして、彼にしては珍しく、ほとんど迷わずにユリウスの作業場に直行した。
騎士は勢い良く扉を開け――止まった。
――あの首斬り女王が……っ!!
結局、処刑を行ったらしい。室内は血の海だった。死体はすでに時計に変わったのか、
見当たらず、血だけが残されている。
子犬のときの大捕物と八つ当たりで、破壊しつくされた室内、血の海。
そしてユリウス不在の間に持ってこられた時計の山脈。
――はあ、これは何十時間帯も不眠不休だな。
ユリウスは胸元でためいきをつく。
――おい、エース。片づけくらい、やってくれないか?
少しここを片づけてくれれば助かるんだが……とはかない期待をこめて見上げると、

「ユリウス……嘘だろ……」
騎士の顔から笑いが消えている。なおも何かを探すように室内を呆然と見、

――お、おい、何をするんだ。
騎士は突然、室内をあら探しし始めた。
机をひっくり返し、時計の山を崩し、ひたすらに上司の名を呼びながら何かを探す。
「ユリウス、ユリウス……ユリウスっ!!」

――おい、エース、どうしたんだ。私はここにいるぞ!

ユリウスは落ちないように必死だ。
しかし騎士は何をそこまで半狂乱で探しているのだろう。
――まさかおまえまで火事場泥棒か?金を持ち出したら今度こそ許さんぞ!

威嚇に吠えてみせるが騎士は全く聞いていない。やがて血の海の中を、手や服が
汚れるのも構わず、目を皿のようにして手探りし――壊れた眼鏡を見つけた。

――ああ、兵士に踏まれたやつだな。まだ元に戻っていなかったのか。
騎士はどれくらい壊れた眼鏡を眺めていただろう。
突然、眼鏡を落とし、立ち上がる。
――おい、扉くらい閉めていけ!!また泥棒が入ったらどうするんだ!
だが騎士は人形のような動きで歩いて行く。子犬のユリウスはため息をついた。
――全くがさつな奴だ。元に戻ったら説教してやらないと。
行きとは真逆に騎士は、無言、無表情で、ゆっくりと時計塔を後にした。
そして昼の日差しを浴び、ふらふらと街の方へ進む。
次第にユリウスは不安になってきた。
――おまえ、まさか私が襲撃にあって、命を落としたとでも思っているのか?

…………

…………

「うわぁ……っ!」
悲鳴を上げ、ハートの城の兵士が地面に倒れる。
ユリウスが見るに何本か折れているようだ。
「はは。鍛錬不足だぜ。もっと鍛えないとな」
城の軍事責任者は爽やかに笑い、剣を担ぎなおす。
「さて、次は誰がやる?」
エースの視線を受け、他の兵士たちが『ヒッ』と怯えて立ち尽くす。だが彼は
「よし、次はおまえだ……行くぜっ!」
顔を蒼白にした一人を引っぱり、相手が構える間も与えず、斬りかかる。
そして上がる悲鳴。止める者は、いや止められる者は誰もいない。

…………

「これくらいにするか。おまえたち、次までにもっと修練しておけよ」
その場にいた兵士の半数はどこかしら負傷し、立ち上がることも出来ず地面に
転がってうめいている。残りの半数は真っ青になり、声も出ない。
元凶の軍事責任者はというと、汗一つかかずに剣を鞘に収めていた。
「さて、行くか」
エースはそう言って、一人、歩き出した。
――おまえ、もう少し指導というものを学んだ方がいいのではないか。
部外者のユリウスでさえ説教したくなるひどい軍事指導の光景だった。
だが相変わらず子犬の身では何も言えず、ユリウスは座っていたベンチから飛び
下りると、歩くエースの後ろについていった。

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