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■子犬になった話3

放浪の騎士は手際が良く、一時間帯も経たずに料理が出来上がった。
「出来たぜ、ウサギのシチューだ」
そして湯気の立つシチューを小皿に盛り、ユリウスの前に置いた。
生肉を放られなくて良かったと、ホッとするユリウスだったが、
――……やはり、犬食いをするのか?
元は人間なだけに動物の食べ方に抵抗がある。皿の前をうろうろしていると、
「どうした?食べないなら、俺が食べるぜ?」
さっさと自分の分を食べ終えた騎士が、ユリウスの皿にチラチラと視線を寄越している。
――いや、動物にやったものを食べようとするか、普通。
取られるくらいならと恥を捨て、渋々シチューを食べた――非常に美味かった。
「美味かったか?良かった、良かった」
空になった皿を片づけ、騎士はまたユリウスを抱いた。
腕の中でぐりぐりと腹を撫でられる。落ち着かないが、仕方なく許していると、
「ほら、お手、お手だって」
突然手を目の前に出される。もちろん言うことを聞く気はない。
騎士は何度か命令して諦め、
「はは。おまえはひねくれ者だなあ。エサをもらえば尻尾くらい振るだろう?」
どうも尻尾は終始無反応だったらしい。
確かに、普通の子犬なら、迷っているところを保護され、エサをもらえた時点で
懐いてしまうだろう。だが自分は大人の時計屋だ。
騎士の行動のツッコミどころも分かれば、エサを、ありがたがる気になれない。
「それじゃ、一緒に寝ようか」
騎士はユリウスを抱えたままテントに入れた。
赤いコートを脱ぎ、だらしなく脇に放ると、ユリウスを布団に入れ、自分もその隣に入る。
そしてユリウスを撫でながら、
「おまえのこと、どうしようか。おまえみたいな子犬、森じゃ生きていけないぜ」
そしてしばし首をひねり、パッと顔を明るくして、
「そうだ、ユリウスに押しつけよう。きっとあいつ、嫌な顔をするだろうな」
――おいおい……。
騎士は名案を思いついた、と一人、悦に入っている。
子犬の預け先を見つけたというより、友人が嫌な顔をするという点に重きが置かれて
いる気がするのは、気のせいか。
「それじゃあ、朝の時間帯になったらユリウスに会いに行こうぜ。じゃ、おやすみ」
ユリウスの頭をひと撫でして、背を向ける。
――まったく、どうしようもない奴だ。
自分も騎士の背で丸くなり、寝ようとしたとき、
――?
何か妙な気配を感じる。耳をすますと、騎士の動きが変だ。子犬に背を向け、
かすれるような声で、
「ユリウス……ユリウス……」
――お、おまえ……私をネタに何をやってるんだっ!!
犬なので罵れない、耳もふさげない。仕方なく拷問のような辱めの時間に耐える。

やがて騎士の妙な動きと声はしばらく続き、収まった。代わりに感じる特徴的な臭い。
犬になっているだけに余計に敏感に臭いを拾ってしまう。何が悲しくて、他人が
自分をネタに××しているところに立ち会わなければならないのか。
――くそ、私がもし、ここで人間だったら……。
そこでユリウスは思考を止める。騎士は満足したのか寝息を立てている。
――すぐに元に戻る。すぐに。それで、思いきり怒って……
ユリウスは目を閉じ、眠りの世界に落ちていった。

…………

「それでさあ、ユリウスっていうのが根暗な奴で――」
――なぜ、元に戻れないんだ。
ユリウスは騎士のコートの胸元に入れられ、彼の話を聞かされている。
歩かなくていいのは楽だが、
「そしたらユリウスが――でさあ。それで俺がこう言ったらユリウスが――」

――おまえ、なんで私の話かしないんだ?

何というか、友達がほとんどいない寂しい人間に見える。
いや、人のことは言えないが。
騎士が楽しそうなだけにどうも居たたまれない。
ユリウスは結局、夢の中で夢魔に会えなかった。
向こうも、表の世界が忙しいのかもしれない。
今はハートの国なのでクローバーの塔もない。不便なものだ。
トカゲもいなければネズミもいない、猫は気まぐれで神出鬼没。ウサギの一匹は
すぐにこちらを撃ってくるし、もう一匹はこちらの不自由をせせら笑うだけだろう。
そもそも、元々自分が犬であって獣化したというわけではなさそうなので、彼らに
会っても、恐らく元に戻れないだろう。せめて協力してもらえればいいのだが。
――まったく、不思議の国だというのに不便極まり……
そのときユリウスの頭にふと、元に戻る方法が思い浮かんだ。
――いや、まさかな。それだけはないだろう。それはない。
ユリウスは即座に否定してその考えを頭から追い出し、騎士が語る自分の話に耳を傾ける。
「ユリウスにおまえを見せたらどんな顔をするかな。楽しみだなあ」
本当に嬉しそうだ。自分への嫌がらせをここまで喜んで語られるのも複雑だが。
そして騎士はユリウスを胸元から抱き上げ、しげしげとのぞきこむ。
「でもおまえ、普通の子犬だもんな。どうせなら大きな犬が良かったな。猟犬とか」
『ああ、それは私も思ったんだ。元が大きいんだから猟犬とか牧羊犬が良かったと』
「え?おまえは子犬のままがいいんだ。あはは。やっぱりひねくれ者だなあ」
『…………』
思わず騎士に普通に返してしまったが、出たのはワン、という鳴き声だけだった。
会話を出来たという錯覚は一瞬だけのもの。後には奇妙な寂しさが残る。
――早く、元に戻らないとな、
なぜか、その気持ちだけが強くなった。

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