続き→ トップへ 短編目次

■白と黒の時間1

※R18
※ショタ注意

「…………」
目を覚ました彼は、顔を上げて周囲の風景を見た。

街だ。顔無しの男女が楽しそうに行き交っている。
自分は?ベンチに座って彼らを見ている。
すべきことも思い当たらず、彼はぼんやりと街の雑踏を見ていた。
もし何もなかったら、永久に見続けていたかもしれない。
だが前を通り過ぎたカップルが自分を見て、明らかに不愉快そうな顔をした。

「やあね、あの子。葬儀屋の格好をしてるわよ」
「親はどういう教育をしてるんだろうな。いくらサーカスだからって……」

――葬儀屋?
聞き覚えのある言葉だった。だが聞き返す前に、顔無しのカップルは人ごみに混じり
見えなくなっていた。
彼は自分の服を見下ろした。時計の飾りのついたシンプルな黒のコートだ。
葬儀屋というのはこういう格好をしているのか、それとも自分が葬儀屋なのか。
そこで彼は首をひねる。

――そういえば、自分は誰だ?

首をひねる。しばらくひねるが思い出せない。
――あれ?ええと、私の名前は……。
じわじわと胸中に焦りがわいてくる。
そうしている間にも、行き交う人々の何人かはこちらを指さしている。
『あの子、葬儀屋の格好を……』『大丈夫か?』と、ささやき交わす声が聞こえた。
彼は居心地が悪くなり、顔無したちの声に、耳をそばだてた。すると、
「あのガキ、もしかして葬儀屋の弟子か何かか?」
「人質に取っておくか?無関係なら売るか殺せばいい」
「!!」
不穏な会話を聞き、彼は慌てて立ち上がると脱兎のごとく逃げ出した。
後ろからは舌打ちする音がした。どうやら追われる心配はなさそうだ。
「はあ……はあ……はあ」
しばらく走って建物に手をつき、休息を取った。だが不安と恐怖は強まるばかりだ。
――いったい、私は誰なんだ?
葬儀屋、という人とどうやら同じ格好をしているらしい。
だが同時に、その葬儀屋はとても嫌われているようだ。
何で自分はそんな格好をしているのだろう。
さっきの顔無しが言っていたように、本当にその葬儀屋とやらの弟子なのだろうか。
するとまた周囲から声が聞こえる。
「あのガキ、葬儀屋の縁者か?拷問して葬儀屋の情報を――」
最後まで聞かずに逃げ出した。何もかもが恐ろしかった。

…………
「はあ、はあ……」
やがてひとけのないサーカス裏の幕屋まで来て、彼はようやく安堵した。
ここまで来れば誰も追ってこないだろう。
時間帯が変わり、夕暮れの陽が彼の長い影を木立に落とす。
遠くからは、家路につく親子連れの楽しそうな声が聞こえた。
心細さが彼の胸を襲った。
これからどうすればいいんだろう。

「君、どうしたんだ?迷子かな?」

そのとき声をかけられ、彼は顔を上げた。
振り向くと、サーカスの道化がそこに立っていた。
道化はニッコリ笑う。子ども好きそうな、優しい笑顔だ。だがなぜか怖い気がする。
だがその道化はすぐ不思議そうな表情になり、彼を上から下までじろじろ見た。

「あれ……時計屋?」

「え?」
「そうだよな。間違いない。時計屋だ」
何度も言われた『時計屋』という言葉にドキッとする。
時計屋とやらの服を着ているということがバレてしまったのだろうか。
ひどい目にはあいたくない。
「え、と、あ、その……」
「俺たちに何か用?それとも誰かと、かくれんぼの最中?」
道化はニヤニヤしている。
急いでここから逃げよう。彼は道化に話を合わせることにした。
「あ、ああ、そうなんだ。友達とかくれんぼしていて、えと、すぐ行くから……」
声が震えていたのがいけなかったのか、道化が驚いた顔をした。
「えーと……そ、そうなんだ?で、おうちに帰るのかな?一人で?」
「い、ううん。お、お父さんと、お母さんが迎えに来る、と、思うから……」
言っていて非常な違和感を抱いた。だが遠くからはまだ家族連れの楽しそうな声。
自分のような小さい背丈の者が言って変な言葉ではない、と思う。
道化はしばらく黙り、やがて爆笑した。
「は、あははははっ……は、ははは!」
彼が呆気に取られる前で涙が出るほど笑う。
『おいおいジョーカー。こいつ、もしかして……』
「うわ、仮面がしゃべった!」
彼は驚いて飛び上がった。飾りだと思っていた道化の腰の仮面がしゃべったのだ。
慌てるのが当然だろうに、道化はそんな彼を心底面白そうに見ている。
「ふふ。ジョーカー、次のサーカスまでの楽しみが出来たじゃないか」
そして道化の男は彼の腕を握った。彼はギョッとする。
「は、はなせ!」
ふりほどこうとするが、道化の腕はゆるむ気配もない。道化はニコニコと、
「じゃあ君の家に帰ろうか」
「いい、一人で帰れる!」
『帰れねえだろ、分かってるぜ』
ケケケ、と仮面が不気味に笑う。彼は急に怖くなった。
道化はそれを見透かしたように、

「じゃあ帰ろう。嘘つきの子のおうちに――監獄にね」

全身の毛が逆立った気がした。
「はなせ!誰かっ!!」
必死に叫ぶが、場所がサーカスの裏であるためか、誰にも聞こえていないようだ。
『サーカスの間に、ガキの一人や二人消えるなんて珍しくねえよ』
仮面は嘲笑し、道化は彼を引きずってどこかに歩いて行く。

やがてその姿は夕暮れの薄闇の中に消えた。

1/9

続き→

トップへ 短編目次

- ナノ -